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特に書くこと無いけど・・・「本日は参議院議員選挙の投票日ですね。」とか言ってみた。

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六欲天 No.6 兜率天(とそつてん)

兜率天(とそつてん)

 六欲天の魔神界第四の天、兜率天(とそつてん)について、        

夜摩天の遥か上層の虚空中に兜率天があります。天衆の善業の力は夜摩天王の百倍勝れており、この天の広さは夜摩天と同じく約56万kmで内院と外院に分かれています。広さを想像しやすいように地球と比較してみました。どうですか?広くも感じるし・・・霊界が実在の世界ですから宇宙空間に広がる一つの次元と考えればそれほどでもないような・・・
兜率天(とそつてん)

内院は菩薩たちの修行の場で最も勝れた清浄な天地が広がります。外院は天の境界(善業による善果の報いを受ける境遇)に翻弄される天衆の暮らす天地が広がります。

この天の寿命は「人間の四百年を一日一夜とし、寿命は四千歳。また天人生の途中で死ぬこともある。」とあるので人間界の時間に換算すると、5億7600万年になります。

華の池・園林等の自然、天女の容姿・声、光明、様々な物、力、智慧の働き、長寿命、身体、心、受容可能な霊力の量などを十六分しても、夜摩天は其の一にも及びません。そのため当然ながら寿命を全うすることなく三悪道に流転します。経典では天から退く様子を「油尽きて灯火が消えるようである」と例えています。

菩薩の全身は様々な色の光明で満たされ、身の光は約35,000kmをあまねく照らします。周りの天衆は勝れた光明を見て珍しく不思議に思います。菩薩はすかさず天衆の心身をととのえ悪行を制するために仏の法を説きます。法を聞いた天衆の中には、聞こえても何とも感じず放逸して五欲をむさぼり続ける天衆と楽しいと感じてさらに聞きたいと急いで内院に向かう天衆がいます。

楽しいと感じた天衆は、内院で法を聞き終わると敬重の心を生じます。そしてさらに聞きたいと急いで行堂に向かい、この中で法を聞いてさらに心に敬重を生じるために光明が百倍・千倍に増大します。光明の増した天衆は仏の法に従うことの大切さを悟り、放逸しなくとも今の境遇に十分な喜びを感じて満足できることを知ります。

他の放逸を続ける天衆の光明は何も変わらず天衣・飾り等の一切が劣るために、勝る天衆を見ては心に恥を生じます。恥ずかしいので法を無理に聞こうとするのですが、正しく聞くことが出来ないために光明が増大することは無くやはり心に恥を生じます。そして劣る天衆は居心地の悪い内院から離れ、現世の境界を飽きることなく楽しみ尽くしてしまいます。

兜率天の魂の状態は、「仏の教えを楽しまず、目先の安逸な境遇に翻弄される」です。

「皆さん、仏の教えを楽しんでますか?ヽ(・∀・)ノイヤッホォ!!」

「しーん・・・あれっヽ(・∀・;)ノカム着火ァァァアアアアショック=≡Σ((( っ゚∀゚)っ」

兜率天の魂の状態を多く顕現する者は、宇宙の自然法則に従うことの大切さを悟らず次第に刹那的になります。

兜率天については以上です。


 兜率天の説明が早く終わりましたので、時間をいただける方はこのままお付き合いを。

葬式仏教についてはお話済みですが、葬式でお布施のトラブルがあるようなので触れておきます。

寺に葬式を頼み、住職の「お布施はお気持ちで」という言葉を真に受けて三万円を包んだところ、後で住職から「何かの間違いでしょう」と言われ、追加で30万円を支払ったというお話がありました。

ずいぶん欲深い住職ですが、「なぜ欲深いのか?」と言えば宗教的知識だけで叡智を全く得ていないからです。別の言い方をすると、人に因果応報を説いても、魂で因果応報の恐ろしさを全く知らないために愚かで恥ずかしい行為ができるのです。また「なぜ叡智を全く得ていないのか?」と言えば、仏の真髄を知らないからです。

「ここで皆さんに少し考えて欲しいのですが、仏はお金に興味があると思いますか?(。-`ω-)」

・・・当然ある訳がありませんね、シルバーバーチでさえ「あなた方はまだ霊の世界の本当の素晴らしさを知りません。(中略)お金の心配がない……こうした世界は地上には譬えるものがないのです。」と言っているのです。お金に興味があるのは「人間だけ」です。

過去の記事で、大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)に触れ、釈迦入滅後に魔王が仏の教えを壊していくお話をしましたが、ここでも経文に触れますので正見を磨きましょう。(*´▽`*)

釈迦は弟子たちの様々な問いに答える中で、入滅(涅槃)後に欲深い悪僧が現れることについて説かれています。

 大般涅槃経より抜粋
我(釈迦)涅槃の後、非常に長い時間が経過する間に、四つの修行段階に到達した聖人たちも又ことごとく涅槃する。仏の正しい法が滅びた後、形だけの法が残り悟りを開く者は存在しない時代が来る。その時まさにこのような僧がいる。形だけの戒律を守っている振りをして、少しばかりの経を読み、飲み食いに心を奪われその身を長く養う。(中略)袈裟(けさ)を身に着けているといえども猟師のようであり、細目で鋭くじっと見つめゆっくりと忍び寄るさまは、猫がねずみの様子をうかがうようである。常に自分は悟り(阿羅漢/あらかん)を得たと言い、外見は賢く善良な振りをするとも、内面は貪欲で嫉妬を抱いている。何も知らず無明であり仏の法について問われるも明確に答えられず黙り込むさまは、無言の修行をする婆羅門(ばらもん)等のようであり、実際は出家するに値しない者が、出家して僧侶のふりをする。邪見が非常に盛んで、仏の正しい法を罵(ののし)り貶(おとし)める。

(´;゚;ω;゚;`)うわぁ・・・悪僧たちの怒りの視線を感じるマグナムですが、好き勝手に書いている訳ではないですよ。釈迦は仏ですから当然、人の欲望を良く知り尽くし予見して説いただけのことです。文句のある方は釈迦にお願いします。

袈裟を身に着け僧侶の振りをしていても、ねずみを狙う猫のように魂の状態は畜生界であることを分かりやすく教えてくれます。仏教でこの状態なのですから仏の教えではない一神教、仏の教えを利用した新興宗教、シャーマニズムを起源とした神社信仰の全てが虎視眈々と皆さんの懐を狙っていることは言うまでもありません。

また経文の中には、『牛飼いの女性が利益を得るため牛乳に二割の水を混ぜて他の牛飼いに売り、この女性は更に二割の水を混ぜて城の近くの女性に売り、この女性はまた更に二割の水を混ぜて城の中の女性に売り、この女性は大切な客をもてなすために新鮮で良質な牛乳を買い求める女性の足元を見て高く売りつける。』という例え話があります。

牛飼いの女性が水を混ぜる前の新鮮で良質な牛乳とは、釈迦の説いた仏の正しい法です。水を混ぜるとは、仏の正しい法を勝手に変え、書き加え、諸々の経を交ぜて、経の一文を利用して世間話等を飾り混乱・破壊して無効化することです。
あまりに薄い牛乳ならば味見ですぐに分かりますが、それは牛乳の味を知っているからであり、仏の正しい法の味は大半の人々が知らないのですから味見をしてもどれが本当の味なのか分かりません。また、成仏・天国・御利益・罪の赦し等の幻が見える毒が含まれていることはすでに述べたとおりです。

この例えにはさらに二つのポイントがあり、牛飼いが牛飼いに薄めた牛乳を売る行為と、足元を見て高く売りつける行為です。人の欲望とは本当に恐ろしいですね。(´・ω・`;)
牛乳なら未だしも永遠の生命の行方を決める重大なことです。悪僧・その他宗教指導者・狂信者について語るつもりはないですが、少人数の欲望のために多くの人々が犠牲になる姿は見たくないのです。
悪僧以下一同の方々もこのままでは不憫なので、正しく読めるか分かりませんが高級霊からのメッセージを掲載します。

 シルバーバーチは語るより抜粋
牧師「地上での最大の罪は何でしょうか」

SB「罪にもいろいろあります。が、最大の罪は神(仏)への反逆でしょう」

ここでメンバーの一人が「その点を具体的に述べてあげてください」と言うと

「神(仏)の存在を知りつつもなお、それを無視した生き方をしている人々、そういう人々が犯す罪がいちばん大きいでしょう」とシルバーバーチが付け加える。
つまりは、仏の正しい法に従わず罵り貶めることが地上での最大の罪となります。また間違っていると知りつつ改めることの出来ない者は、知らずに犯す者より重い責任を取らされます。

※ここでのシルバーバーチは、宗教脳に侵された牧師のために神という言葉を使用しています。一神教での神は一切を創造して支配する唯一絶対の存在であり、大霊(仏)を神に置き換えることで説明しやすいからです。
仏は全生命の始源ですから神々も仏の生命の一部です。そのため神々が仏より先に生まれることはありえません。
一神教で使用している神という概念は間違いです。神々も人間と変わらず魂を進化させる一生命です。

 シルバーバーチの霊訓―地上人類への最高の福音より抜粋
イエスは“神”ではありません。全生命を創造し人類に神性(仏性)を賦与(ふよ)した、宇宙の大霊そのものではありません。

イエスは“父”の右に座っておられるのではありません。その“父”も黄金の玉座に座っておられるのではありません。イエスは進化せる高級霊の一人です。地上人類の手の届かないほど誇張され神格化された、縁遠い存在ではありません。

イエスをあなたと同じ存在とお考えになることです。はるかに進化はしていても、決して手の届かない無縁の存在ではありません。

 シルバーバーチは語るより抜粋
イエスもやはり大霊の道具であり、地上の人間も大霊から授かった霊力を発揮しさえすればイエスと同じ生き方が可能です。

イエスを祈願の対象とするのは間違いです。祈願は大霊に捧げるべきであって、大霊の使者に捧げるべきではありません。

人間が「神」と呼んでいるのは実は宇宙の自然法則のことです。私の言う「大霊」です。大霊は万物の生命の中に内在しております。
 ※シルバーバーチの言う「大霊」とは「仏」のこと。

 シルバーバーチの霊訓―霊的新時代の到来より抜粋
宇宙の背後に控える無限の力は、“ゴッド”のように、世界中の億単位の人間がそれぞれにまったく異なる概念で使用している用語を用いるよりは、グレイト・ホワイト・スピリット(真白き大霊、ないし無色の大霊、の意)の方が、より正確にその本性を伝えていると考えるのです。
シルバーバーチが使用する大霊(グレイト・ホワイト・スピリット)という表現には微妙な意味合いが含まれています。グレイトには、偉大・最勝・無比・完全無欠など。ホワイトには清らかで穢れの無い・一点の曇りも無い・無色・無形の実在(森羅万象を支える永遠不変・永遠不滅の自然法則)など。

次に、聖職者の祈りについても触れておきます。

 シルバーバーチの霊訓―霊的新時代の到来より抜粋
質問「大主教による仰々(ぎょうぎょう)しい祈りよりも、素朴な人間の素直な祈りの方が効果があるということでしょうか」

SB「地位には関係ありません。肝心なのは祈る人の霊格です。大主教が霊格の高い人であれば、その祈りには霊力がそなわっていますが、どんなに立派な僧衣をまとっていても、スジの通らない教義に凝り固まった人間でしたら、何の効果もないでしょう。

もう一ついけないのは、集団で行う紋切り型の祈りです。意外に効果は少ないものです。要するに大霊は肩書や人数ではごまかされないということです。祈りの効果を決定づけるのは、祈る人の霊格です。」
スジの通らない教義とは、仏の正しい法に逆らう教義のことです。言い換えれば、宇宙の自然法則(因果律)の道理を無視した間違った教義のことです。また霊格が高い人、及びどんなに立派な僧衣をまとっている人も、仏の正しい法に逆らう宗教の祈りでは何の効果もありません。

 シルバーバーチの霊訓―霊的新時代の到来より抜粋
神(仏)を信じない人でも霊格の高い人がおり、信心深い人でも霊格の低い人がいます。霊格の高さは信仰心の多寡(たか)で測れるものではありません。行為によって測るべきです。
霊格とは魂がどの程度まで進化しているのかを表現する言葉です。魂の進化の程度とは煩悩の程度です。魂がどのくらい清らかなのか、穢れているのかと言うことです。
霊格が高いとは魂が清らかで穢れの少ない段階まで到達いているという意味になります。
例えば畜生界の魂の状態を多く顕現する悪僧は多くの煩悩に包まれ穢れているので非常に霊格が低いと言えます。

祈りとは魂の表現です。霊格が高いほど、それだけ高い次元の界層に祈りの思念を届けることが出来ます。また霊格が高いほど魂の内奥に潜在する仏の無限の力を多く顕現することが出来るとも言えます。

何だかだんだん雲をつかむような話になってきましたが、魂で宇宙の自然法則を学ぶことで誰でも経験できることなので今は知識上の理解だけで「あぁ・・・そうなんだ」ぐらいで、さらっと流しましょう。叡智を獲得したときに知識と魂の経験が一致します。
以下、祈りの効果の一つです。

 シルバーバーチは語るより抜粋
人のためによく尽くした人、他界に際して愛情と祈りを受けるほどの人は、そうした善意の波動を受けて、(霊界での)目覚めが促進されます。

仏の真髄を知るまでは、ただ手を合わせ祈ることが魂の表現の原点となります。因果律を土台に理性を活かす生活もまた同じです。無宗教は悪いことではありません。(但し、仏を信じない者は除く)

結構長くなってしまいましたね。(´-ω-`;)ゞ
次回は、六欲天の魔神界第五の天、化楽天(けらくてん)についてお話します。お疲れ様でした。(*´ω`*)

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六欲天 No.5 夜摩天(やまてん)2

夜摩天の死相

前回、夜摩天に生まれる天子は勝れた威徳の光明に自惚れ、強力な楽しみ・快楽の報いに心を奪われてしまうため、自らの行く末に目を向けられず死相が現れてから大苦悩を味わうというお話をしました。死相についてはお話済みですが、みなさん覚えていますでしょうか?
・・・天界からの生まれ変わりでお話しした「天人の五つの衰え」のことです。ヽ(・∀・)ノ
え~と・・・初めて聞いたみたいな顔になっている方が多いようですぅ(*´▽`;*)でも二度は説明しません←
この天にはこの他にもいくつかの死相がありますので詳しくお話しして行きます。

 正法念処経巻第三十九より抜粋
天子の衆と諸々の天女の衆が戯れる中で、一人の天子が生前に積んだ善業が尽きようとしている。この天子の姿を見ると、病があるようで天女の衆から退いて行く。天子が蓮華の池に近づくと花は開かず、美しい羽音を奏でる蜂はその場を離れ去って行く。また戯れる天女の歌の音を聞くと不快に感じ、樹林に近づくと木に咲く全ての花が一斉に萎む。天女と戯れるために御殿に行きたいと望むが空を飛ぶこと叶わず。

「このような天子の境遇を見て、みなさんどう思いますか?哀れで気の毒のような感じも(´・ω・`;)」

「えっ?食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、好き勝手やったのだから病が出ても自業自得!」

「うわぁ・・・麻生副総理並みの発言いただきますたc(`・ω´・ c)っ≡つズバッ」

天子は自らの死が近いことを知り大苦悩を味わうことになりますが、そのような中でさらに追い討ちをかけるように細かな死相が現れてきます。

この天子は光明を出そうと望むが光明が出ず、反って身の中に入ること日が没するようである。また華鬘の美しく輝く色彩を見ても心から愛して楽しむことが出来ず、頭を華鬘で飾るも落ちてしまう。
或いは、水中にて自身の姿を見ると、天身ではなく地獄・餓鬼・畜生・人のいずれかに生まれる姿を見て恐怖する。また毘琉璃(びるり)・金・銀・水晶・或いは青い宝から成る、一切の場所において座るも揺り動き安らげない。
或いは、風に吹かれれば瞬時にして天での安逸な生活を断たれ死の恐怖に襲われる。風の感触は硬く、天の衣は重く感触は金剛(最も硬い金属)のようである。この置かれた危機的状況を悲しみ、愛する声・味・色・香りを心から楽しめない。またさらに異なる死相が現れることもあり、毘琉璃(びるり)・石等の壁の中、または鏡の中、或いは他の場所において自身の姿を見ると頭が無く地面にあるのを見る。このような相を見れば死は近くして遠からず。

これらの死相が現れ、天子の心は乱れて定まらず、火の輪をくぐるようである。また常に自らにしたがい共に生活をしてきた一切の天女たちは見捨てて他の天子の所に去って行く。まるで鳥たちが燃える樹を離れて観察するようである。

「(´;゚;ω;゚;`)うわぁ・・・金の切れ目が縁の切れ目なんて言うけど、無慈悲な美しき天女たち=≡Σ((( っ゚∀゚)っ」

この他にも無慈悲な天女たちについて、同じような意味の例えが経文に出てきます。
「多くの蜂が萎み枯れていく蓮華の花を捨てて新しく開く花におもむくようなものである。」

「のどの渇いた牛が枯れ池を捨てて走って清水におもむくようなものである。」

勝れた威徳の光明を具える天子たちを巧みに誘惑して、楽しみ、快楽をむさぼる天女たちにも残念ながら必ずそのときは訪れます。

 正法念処経巻第四十より抜粋
戯れる天衆の中に善業の力が尽きて退こうとする天女の姿を見る。天身はシワのために皮が緩んではなはだ軟らかく、頭上に赤い花があれば黄ばみ、身を動かせば頭につけた華鬘が散らばり落ちる。また風が衣服を揺らせば糸筋のない衣もまるで糸筋があるようで人の衣に触れるようである。
清らかな汗も今は濁り、空中に飛べば疲れを生じ、地を行くもまた同じである。また木の下に至り、花または果実を取ろうとすれば木の枝は上がり高くて得ることが出来ない。
天子が来て共に欲を行えば天女の容姿は醜く色気がないことを見る。また髪の感触は粗く滑らかではないため風に吹かれても柔らかになびくことはない。
死が訪れるのはこれらの相が現れてから、この天の十日である。人中の時間においては二千年を経てもなお退かず。

「このような哀れな境遇で二千年を経てもって・・・天子も若い天女たちがいいだろうし(´・ω・`;)」

人間界の人々は、このような境遇の天衆を供養により救うことができます。十個の世界で唯一の原因の世界ですから、みなさんの心からの供養は天衆の威徳の光明になり、低界層の生命の苦しみを和らげます。霊界側は、こちらで積んだ善業・悪業の報いを受ける結果の世界なので、今がどれほど重要かは何となく想像できるでしょう。

「じゃあ、いつやるか?今でしょ!」

はいっ、旬を逃した感はありますが、どうしても言ってみたかったのです。v(*´ω`*)v
・・・話を戻して、天女も自らの死が近いことを知り大苦悩を味わいますが、そのような中で善業の力はさらに弱まり新たな死相が現れてきます。

欲心が多く少しの間も留まることは出来ず、天地を巡り歩くも地面が柔軟ではなくなり地に足がついても弾力がない。一人だけ取り残されてしまい、他の天女たちに叫んで言う「あぁ...もぅ苦しい!私と一緒にここにいてよ!!」と、言葉の因縁を無くして唇だけが動いて止まらない。
初めて生まれた時は、歌舞・音声を誰からも教えられず他から学ばなくても、善業の力により自然に全てを知ることが出来た。しかし善業が尽きるために全てを忘れる。
蓮華の池、もしくは河の流れに近づけば、水中にてどこに生まれ変わるのだろうかと生まれる世界を念じて、望んだ世界に生まれるこの天身の姿を見る。
身に着けているきらびやかな装飾、または腕輪などの一切が重くなり、金・または毘琉璃(びるり)・天青珠(てんせいじゅ)から成る場所に座るも一切の宝は変化して木になる。またもと見た天地等は今見ると全てが異なる。

哀れとしか言いようが無いですが、安楽な生活は永遠には続かず死相が現れ一変してしまいます。
寺の鐘を鳴らせば、最初は勢いよく大気を震わせますが、次第に弱くなり止まります。
諸行無常の響きありですね。(*´ω`*)優れた先人が残した言葉です。しかし周りの天衆も明日は我が身なのですから少しは学んでも良さそうなものですが・・・(。-`ω-)

 正法念処経巻第五十一より抜粋
この天子、この天を退く姿を見終わり、明らかに死相を知り思い悩み悲しくなる。これについて死相の現れた者と話すことはあっても、元気な天衆に向かって話すことはない。なぜなら元気な天衆は、今までと何も変わらず五欲の楽しみを受けることが出来るのであるから、まさか自らに死相が現れ天を退くことになるとは恐ろしく信じたくないことである。また諸々の楽しみに執着して放逸するため心が迷う。そして愚かなために自ら巧みに自分自身に言い訳をしながら自らを欺くのである。そのため命が尽きようとする者、或いは放逸する天衆には当然説かず示すはずがない。そのとき天子はこのように知り終わり何も言わず黙って蓮華の池を捨て、他の場所に向かい去って行く。
天子はこの後、また諸々の天女と共に他の場所で快楽を受け天の境界を楽しむ。天を退く姿を見て大いに恐怖しても愚かなために悟らず、恐れない。

このままでは多くの天衆は寿命を待たずに天を退き苦しむことになるので、これを哀れみ諸々の仏が天に上り夜摩天王および天衆を利益(りやく)しています。また各々の仏塔もあり、いつでも仏の法に触れることができます。しかし残念ながら慢心して聞かない天衆も多いです。

仏についてはトップページから順に読むことで十分理解できていると思いますが、念のため勘違いがあるといけませんのでまとめます。
仏の世界(宇宙)は一つであり、常住であり、原因と結果の法則で動いている宇宙であり、完全な叡智あり、生命力・霊力の始源であり、全生命です。
仏の世界には諸々の仏が住んでいます。過去ブログの「宇宙」をおさらいしても宜しいですし、燃燈仏過去七仏についてのリンクを読んでも宜しいでしょう。

ずぅーとずっと昔から諸々の仏が、移り変わる時代の社会環境・人々の煩悩の程度・能力・精神力等の様々な性質に応じて仏の世界に戻れるように教えを説いてきています。我々も魂の内奥に仏と同じ性質(仏性)を宿しています。穢れて不完全な状態ですが、仏の真髄を知り清らかにすることで我々も必ず仏の世界に戻れます。

 シルバーバーチは語るより抜粋
人間はその内部に何よりも貴重な神性(仏性)という富を宿しています。大霊(仏)の一部です。地上のどこを探しても、それに匹敵する富や宝は存在しません。

大霊(仏)は無限の過去から存在し、無限の未来にも存在します。全生命が大霊(仏)であり、大霊(仏)は全生命です。

あなたがた一人ひとりが大霊(仏)であり、大霊(仏)はあなたがた一人ひとりであると言えます。

 スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべより抜粋
わたしは皆さんにぜひとも、内部に潜在する可能性を改めて認識していただきたいと思います。あなた方お一人お一人が大霊(仏)なのです。大霊(仏)の無限の力が皆さんの内部に潜在しているという意味です。それを呼び覚まし表に出せば、人間であるがゆえの束縛(しがらみ)を打ち破ることができるのです。
「呼び覚まし表に出せば」って簡単に言うけど・・・どうやって!?これが出来るのであれば、苦悩する人もいなければ仏の真髄も必要ないでしょう。

次回は、六欲天の魔神界第四の天、兜率天(とそつてん)についてお話します。

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プロフィール

マグナムやまと

Author:マグナムやまと
危険な宗教団体廃絶
無明から光明への道標

以下、向上心のある方向け

このブログはスピリチュアリスト、または特定の宗教団体に導くものではありません。

ネット上に氾濫する宗教・スピリチュアリズム・心の探求などの誤った情報を正していくことが目的である。

心と体の関係を正しく理解することで次第に悪因を作ることを止め、生老病死を恐れず、精神的豊かさを手に入れることを目指す。

精神的豊かさは、魂の成長を意味する。
魂の成長は、死後の世界を決める。
地上生活は原因、死後の世界は結果である。
善因を作るのも、悪因を作るのも己である。

神々も含め、誰であろうと原因結果の法則から絶対に逃れることは出来ない。

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