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六欲天 No.7 化楽天(けらくてん)1

化楽天(けらくてん)

 六欲天の魔神界第五の天、化楽天(けらくてん)について、

兜率天のさらに遥か上層の虚空中に化楽天があります。大きな次元の隔たりがあり、天衆の善業の力が勝れていることはもうお話しする必要はないでしょう。殺さず・盗まず・淫らな行為をせず・嘘をつかず・悪口を言わず・真実に反して言葉を飾らずなど、善い生き方をしてきた生命にふさわしい楽報を受けます。

魔神界の魔は、天衆が全て悪魔のような悪い存在と言うことではなく、魂の状態の一要素としてこの天が魔性と言うことです。
天衆の魂にも我々と同じように、地獄界から仏界までの十個の要素があり、縁に触れて瞬時に変化することは、子ブタが溺れている子ヤギを助けるという動画でお話したとおりです。

この天の寿命は「人間の八百年を一日一夜とし、寿命は八千歳。また天人生の途中で死ぬこともある。」とあるので人間界の時間に換算すると、23億400万年になります。

宇宙船地球号が天の川銀河を10周する間ぐらいは楽園で過ごせることになります。
凄い長寿命ですが、もっと凄い話をしますと、地獄の中に大叫喚地獄というところがあり、この天の寿命が一日で尽きてしまいます。たった一日ですよ・・・それが八千年も続きます。
更に、この下には焦熱地獄、大焦熱地獄、阿鼻地獄と続くのですが、このような深い地獄に落ちる者は、仏の教えに対しての妄語(嘘)の罪が大きな要因となります。

話を戻しますが、この天の天衆は、自らの五感に接する対象を変化して、欲望の極みを不足なく十分に成就できる勝れた神通力を具えています。

どのような対象を作り出して欲望を成就するのか想像できませんが、人間界でも五感を刺激する様々な対象を作り出して欲望を成就しています。例えば、「味覚・嗅(きゅう)覚を楽しませる料理」「肉体を酔わせて楽しむお酒」「肉体を飾る化粧品・アクセサリー・服」「肉体をリラックスまたは休めるマッサージ機・お風呂・寝具」「視覚・聴覚を楽しませるアニメ・ゲーム」など周りは娯楽する対象で溢れていますね。

「魂の成長度が低いほど自由意志の自由度が制限され、高いほど開放される」というお話をしましたが、地球の中で自由度の高い日本人は、それだけ優れた対象を作り出すことができます。楽報は各々の福徳ですが、それらに翻弄されないように気を付けなければ、さらに深い無明の霧に覆われることになります。

化楽天の魂の状態は、「欲望を成就しようとする原動力。作り出した、或いは作り出された対象に耽溺(たんでき)する」です。
耽溺:一つのことに夢中になって、他を顧みないために判断力を失い、多く不健全な遊びに溺れることをいう。

例えば、ゲームはついついその世界に浸ってしまい時間を忘れて楽しんでしまいます。学業や仕事に身が入らず、頭の中は「早く家に帰ってゲームやりたいなぁ・・・」「新しいところ早く攻略しよう!」「レベル上げとお金を貯めて剣と鎧を買わなきゃ!」等となるでしょう。このようなことを続けることで「後回し」「だるい」「面倒」「まぁ、いっか」「眠い」「サボろうか・・・」「リアル世界は糞ゲー」と本業や人生の目的をおろそかに怠けてしまうことになります。またゲームに限らず、このようなことを積み重ねることで自らが迷いの生命だということに考えが及ばず、無明なまま寿命が尽きてしまう要因となります。

とはいえ、人間はロボットではありませんので、休息や娯楽は必要です。仮想世界に100時間、200時間と費やすのが悪いと言っているのではなく、魂が魔性の状態にあることを知り、上手くバランスを取らなければ危険だということです。
ゲームを例にしましたが、各々の生活で耽溺している様々な対象に当てはめてみましょう。

また、上手くバランスを取ると書きましたが、それができるのであれば無始から六道輪廻を繰り返していませんし、できていないから人間界に生まれて現在の境遇に閉じ込められています。そして様々な対象に翻弄され、また流転することは、残念ながら言うまでもありません。

欲望の対象に耽溺し続けること、或いは際限なく耽溺し続けたいと渇望することは、魂の煩悩の壁をさらに厚くし、物事を正しく見聞きできず判断や言動・行動を狂わせていきます。

 シルバーバーチの霊界メッセージ、進化の土壌としての地上生活より抜粋
やりたい放題の人生を送り、夢まぼろしの幸せを追い求めている魂は、いつかは実在を学ぶために過酷な体験(死後、低界層での生活を含む)をさせられる時がまいります。

大半の人々は、魔性から覚めることができず過酷な体験の中で実在を学ぶことになります。
なぜなら、魂の状態が六欲天の上層になるほど力は強大となり、弱い理性では太刀打ちできなくなるからです。
もう少し詳しく書きますと、善神界の四大王衆天・トウ利天の善性より、魔神界の夜摩天・兜率天・化楽天・他化自在天の魔性の力の方が圧倒的に強大と言うことです。
欲界より上層の色界・無色界には、他化自在天の魔性の力さえ降伏させる善神界が広がりますが、四大王衆天・トウ利天の善性を上手く顕現できない魂は、それ以上の善性の要素を顕現することは難しく、餓鬼界・畜生界・修羅界は魔性に従い、思い通りにならなければ地獄界が顕現します。

‘魔性に従い’とはどのようなことかは、自らの魂の状態に問えば分かることですが、確認のため書きます。
「なぜ、争う、或いは諂(へつら)う必要があるのだろう?」(修羅界)
「なぜ、本能の赴くままに行動してしまうのだろう?」(畜生界)
「なぜ、ケチで欲深く、嫉妬してしまうのだろう?」(餓鬼界)
「なぜ、恨み、或いは怒りは起きるのだろう?」(地獄界)

それぞれの魂の要素は「利己的な欲望を成就するため」(魔神界)に働きます。

無明の霧に包まれ、永遠に続く生命の上から物事を見れず、今の自我を本当と思い込み固着するため、世界には無秩序と混乱が広がり、死後も欲界から抜けられないのは当然の道理となります。

話を戻しますが、過酷な体験は魔性から目覚めさせ因果律の厳しさを学ぶための特効薬となります。しかし、

 シルバーバーチの霊訓、スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべより抜粋
ただ単に苦しい体験を積むばかりでは無意味です。その中から教訓を学び取らないといけません。そこで霊的摂理についての知識が大切となります。

というように、宇宙の自然法則についての正しい知識がなければ、苦しい体験の中から教訓を学び取れず、体験が終われば知らぬ間に魔性の状態へと引き込まれ、また新たな苦しみを生み出してしまいます。
そうして、己で生み出した結果に対し「どうして、このような理不尽な目に遭わなければならないのか」「どうして、このような謂れの無い苦しみを味わわなければならないのか」「どうして、どうして、どうして・・・」と自分と正しく向き合えず、無明の霧の中を彷徨うことになります。

また、苦しい体験を積み、その中から教訓を学ぶことだけが無明の霧を抜ける方法ではありません。
正見を磨き、仏の教えを正しく受け入れるための準備を整えましょう。仏の真髄を知り、楽しみ・喜び・感謝・安らぎの中で学んでいくことが賢明です。

仏の真髄による祈りは、各々の魂の成長に合わせて最善のバランスの取り方を教えてくれます。別の言い方をすれば、犯した間違いを正し、教訓を学び、より立派な行為を心がけ、二度と失敗しないようになっていく、或いは仏の法則(宇宙の自然法則)に従って生活を規制して行くようになり、法則に忠実に従うことの大切さを悟るようになるとも言えます。各々の魂で無理なく学び、仏の世界へ一歩一歩、近づいて行きます。

現在、耽溺している方も、耽溺まではいかないけれどそれなりの執着のある方も、苦難の中でそれどころで無い方も、終わり善ければ全て善しです。
霊界で己の魂が衆目にさらされる時、清く穢れのない状態になっていればよいのです。

仏の教えが説かれる日本に生まれ育ち、生活していることが何よりのみなさんの福徳であり、程度の差はありますが様々な楽報を受けられます。しかし、いつかは楽報に終わりがくることは必定であり、人間界の楽報は非常に儚いものです。
未来にもっと素晴らしい楽報を受けられるように新しい善い種をまき、みんなで自由度最大の仏の世界を目指しましょう。(*´∇`*)b

次回は、化楽天の死相についてお話しします。



天界の六欲天について
 所属界  魂の状態 
天界名 生命活動
欲界六道 天界 喜び・快楽六欲天 魔神界
他化自在天
 (たけじざいてん)
化楽天
(けらくてん)
自ら五塵を変化して楽しみを作り出す神通力を具足する。
容姿・声・背丈・力などの身量、様々な物がもたらす快楽・楽しみの勢力、富、寿命などの全てが兜率天より甚だ勝る。
兜率天
(とそつてん)
内・外二院に分かれ、内院は菩薩の浄土。外院は天の境界を楽しむ天衆が暮らす。
夜摩天
(やまてん)
夜摩天王の力は帝釈天王を十万に和合しても及ばず、 神通力による楽しみの量は千倍勝る。
天衆は、善果の報いが非常に強力なため慢心を生じやすく、著しく五欲に執着してしまうことになる。そのため諸行無常を忘れ死相が現れてから大苦悩を味わい、善果が尽きて三悪道に流転する。
善神界トウ利天
(とうりてん)
須弥山頂きの善見城天を中央に4方に各8天の城があり、32天の各城には神と天衆が住み、中央の善見城で帝釈天王が統括している。 帝釈天王 は、三十三天の神々・ 四天王を従え仏および仏の正しい法を説く者を守護する善神。
四大王衆天
(しだいおうしゅうてん)
トウ利天に住む帝釈天に仕え、仏および仏の正しい法を説く者を守護する善神。
須弥山の東西南北を順に持国天、広目天、増長天、毘沙門天が守護している。
五道人間界平和
四悪道
  修羅界闘争
三悪道畜生界愚痴
餓鬼界貪欲
地獄界怒り・恨み

テーマ : 心と幸せ
ジャンル : 心と身体

連休(汚い話が含まれるのでお食事中の方は済ませてからにしましょう。)

人生の目的

 話は連休の前から始まります。

知り合いが、友達の帰省のためにペットの世話を頼まれたそうで、何も知らないマグナムは連休まで「あと三日♪・・・あと二日♪」とカウントしていました。
前日に、「ペットアレルギーと牧草アレルギーで世話ができないから代わりにお願いできる?」という電話があり、もちろんお楽しみの連休をペットの世話なんかで失いたくないのでお断りの方向で話を進めていたのですが・・・

     知り合い「犬を飼ってたって言ってたよね。ペット繋がりだし大丈夫だよ。んじゃ、明日!」

     マグナム「あっ、で、ブツ!・・・ツー、ツー、ツー」(´・ω・`;)エッ

・・・と断るタイミングを失いペットの世話をすることになってしまいました。

次の日、連休の始まりに合わせて移動用の小さなケージに入ったペットがやってきました。第一印象は耳ピーンではなくぺターで聞いていた情報とは違いましたが、厄介なことに巻き込まれたという気持ちとは裏腹に、表情には出しませんが「かぁいい かぁいいよー モッフモフだよ~」と心の中でつぶやきました。
餌と世話の仕方が書かれたメモを渡され「明日大きいケージ持ってくるから宜しく!」と用件だけを言ってすぐに帰ろうとしたので、ラップ口調でまちやがれバカヤローコノヤローとは言いませんでしたが、

     マグナム「友達に一つだけ伝えて欲しいことがあるんだけど」

     知り合い「なに?」

     マグナム「できる限りの世話はするけど、ペットの突然の死には責任持てないから」

     知り合い「えっ、なんでぇ?大切に扱ってね・・・」

     マグナム「もっ、もしもの話だよ・・・(*´ω`;*)」

諸行無常ですから、もしもの愛別離苦を心配したのですが上手く伝わらなかったようで、乱暴に扱うとでも思ったのかな。。かな。。(´・ω・`)・・・なぜだッ!!=≡Σ((( っ゚∀゚)っ
このことについて飼い主に承諾を取るようお願いしたあと、知り合いは物的にも霊的にも肩の荷が下りて晴れやかな顔で帰っていきましたとさ・・・。おわり←

我が家に来たばかりなので慣れてもらおうと思い、そのままの状態にしておいたのですが、少しするとプーンと鼻を突く臭いがしてきて驚いて現場に駆けつけるとオシッコでした。黄色の液体の中に白い粉を溶かしたようなオシッコでとても臭いです。

このままでは部屋に臭いがついてしまうので、すぐに掃除をしなければと思い、ケージを開けると恐る恐るへっぴり腰になりながらゆっくりと出てきました。
すぐにケージを持って風呂場で掃除を始めたのですが・・・
ケージの底板を取るとだいぶ時間の経過したウンチが新聞紙の上にたくさん転がり、新聞紙をはがすと堆積したウンチの化石がプラスチックケースにびっしりと付着していました。

大変な労力と時間をかけてやっと綺麗にしたケージにペットを戻したところで一安心しましたが、今度はペット自体の臭いも酷いことに気付き、よく観察してみるとモコモコの毛のかたまりがいくつもあり、爪も伸びています。その哀れな姿を見ると、まるで大きなドブネズミのように思えてきました。

こんな汚い状態では部屋に置いておけないので、このあとノンアルコールのウエットティッシュを大量に買い込み、ストレスを与えないように少しずつ手入れしていくことを、連休中ずっと続けることになります。途中でペット用シャンプーを手に入れブラッシングも合わせて行い、ペットとケージと部屋の掃除に、ぼくのなつやすみ・お盆・平常日を捧げましたとさ・・・。(´・ω・`)おわり←


 実際にはまだまだ色々なことがあり書き切れないですが、ペットの世話を通じて気付いたことが二つあります。

(1)「五感への同じ刺激は持続せず」
飼い主の部屋の状態が何となく想像できます。「なぜ掃除しないのか?」と思いますが、嗅いだ瞬間に鼻をつまむような酷い臭いも、長い間その中にいると鼻が慣れてしまいます。

宇宙の自然法則に反する知識に脳を占領されている方々も同じです。信者同士の中でしか通じない臭い知識は全て洗い流しましょう。臭い知識がなくなり自由になれば、二度と悪臭(習)の元である宗教に戻りたいとは思わないでしょう。

他にも様々に応用可能です。習慣・伝統的信仰・迷信などを理性に照らしてみましょう。

(2)「長年の頑固な汚れ、一度の掃除で全て落ちず」
ペットの生い立ちを聞いたところ最初の二年間は今の飼い主ではなく、貰い受けてから三年間、世話をしているとのこと。仕事との板ばさみに水と餌を与えるのが精一杯で、あまり懐かなかったことも今に至る要因のようです。

抱っこはもちろんのこと首の下・脚・お尻などの敏感な場所は心を許すまで触れられず、ストレスに気を配りながらの手入れなので非常に難航しました。

今日落ちなかった汚れや取れなかった古い毛のかたまりも、明日、明後日と続けることで少しずつ綺麗になります。ペットの心身の状態と時間が許すかぎり地道に手入れを続ければ、いつかは理想とする状態になるでしょう。しかし、生活の中で新しい汚れも増えていきます。

汚れと臭いの原因となるオシッコとウンチをどう処理するかが重要となります。オシッコについては、ウッドペレットという便利な物がありますのでトイレにまいて置けば吸収しておが屑になり臭いも抑えられ処理も楽です。しかし、ウンチについては・・・

ウンチには二種類ありφ10mm程の黒丸・乾燥・あまり臭いがしないものと、φ2mm程のキャビアのような黒丸つぶつぶの集まりで、やわらかく、おまけに臭いものです。正常な体であればお尻に直接、口をつけてそれを味わうため、飼い主は見ることも嗅ぐこともありません。しかし、こやつ背中を曲げるところまでのアクションは正常なのですが、残念なことに下に落ちてから食べ始めます。乾燥黒丸であれば汚れることはないので安心ですが、やわらかキャビアはそうはいきません。少しずつ食べている最中にむせたようにピョンピョンと跳ね回りウンチを潰してしまうこともあれば、全部食べず少し残すこともあります。
朝起きると一面にチョコチップができている時もあり、朝と夜の二回、多い時だと五回もケージの掃除をすることがありました。

後半に入りだいぶ綺麗になりましたが、綺麗にしてもすぐに汚れて、また綺麗にしてもすぐに汚れてしまうため「何度やっても無意味」という気持ちが起きてきました。しかし愛情を絶やさず「今日の汚れは、今日の内に・・・」と最後まで続けて知り合いに帰しました。飼い主は心身ともに見違えるほど立派になったペットに、きっと何かを感じてくれたでしょう。

同様のことが魂にも言えます。

魂の汚れは見えませんが、姿・言動・行動として現れます。

長年の頑固な汚れが一度の手入れで全て落ちないように、無始なる過去から積み重ねた魂の汚れも簡単には落ちません。そして毎日の生活の中で新たな汚れが増え続けています。

地上での最大の罪についてお話しましたが、宇宙の自然法則に逆らう祈りや貶める行為は、魂の庭に生ゴミを捨て、大小便を排泄するようなものです。人間を含め全生命の目的は、魂の庭に元からある一点の曇りもない鏡が見えるまで掃除することです。

掃除する方法は三つあります。

(1)「苦難の試練を経る」
 シルバーバーチは語る、再生(生まれ変わり)より抜粋
生まれ変わるということは必ずしも罪の償いのためとは限りません。欠けているギャップを埋める目的で再生する場合がよくあります。もちろん償いをする場合もあり、前世で学ぶべきでありながら果たせなかったものをもう一度学びに行くという場合もあります。罪の償いのためとばかり考えてはいけません。

 シルバーバーチの霊訓―地上人類への最高の福音より抜粋
苦しい人生を送った人も失敗の人生を送った人も、あるいは屈辱の人生を送った人も、みんなもう一度やり直すことができるということ、言いかえれば、悔(くや)し涙を拭(ぬぐ)うチャンスが必ず与えられるということです。

人生は死後も続くのです。永遠に続くのです。その永遠の旅路の中で、人間は内在する能力、地上で発揮しえなかった才能を発揮するチャンスが与えられ、同時に又、愚かにも摂理を無視し、他人の迷惑も考えずに横柄(おうへい)に生きてきた人間には、その悪業の償いをするチャンスが与えられます。

 シルバーバーチの霊訓―霊的新時代の到来
犯した間違いを正し、教訓を学び、より立派な行為を心がけ、二度と失敗しないようになっていくのです。そのうち、ある段階まで成長しますと、大切なのは目的の成就そのものよりも、その成就に向けて努力していく過程での体験によって、性格がどう形成されていくかであることに気づくようになります。過酷な体験の末に目からウロコが落ち、真実の価値の評価ができるようになり、最後は、物的なものにはそれなりの価値はあっても、絶対的価値のあるものではないことを悟ります。

苦難の試練は過去の失敗を消し去ることや、やり残したことを補うチャンスであり、人間界・霊界にかかわらず永遠にそれが与えられます。

苦難に負けず魂の庭の掃除を続けることで、積み重ねた汚れは必ず落ちます。
苦難の試練を経たとき、そこに至るまでの過酷な体験から込み上げる感情が魂を成長させ、苦しみに耐え抜いたことが何一つ無駄では無かった事、苦難が魂の成長に必要であったことを悟ります。

また魂の成長の程度により五感から受ける感じ方も変わります。
例えば「物事を正しく見ることができる」「話を素直に聞くことができる」「五感への少ない刺激で欲が満たされる」など様々なことを新鮮に感じて学び始めます。
感覚が変化したのではなく、受け入れる魂が成長したからであり、合わせて姿・言動・行動が変わります。

無始なる過去から現在、そして未来へと宇宙の自然法則が一瞬も休むことなく働いているように、仏の慈悲が途絶えたことは一度もありません。
しかし、いつの時代も仏の慈悲に触れることができないように邪魔する愚かな者たちがいます。この者たちは、自らも救えないのに宇宙の自然法則に逆らう不幸の知識を広めるのです。
その元凶が神父・牧師・神主・悪僧等の宗教指導者です。

環境や物事を創り出す原点は人々の魂です。
たとえば、兵器を量産する者・販売する者・使用する者が危険なのであり兵器自体は何もしません。そもそも開発する必要もないでしょう。
なぜ兵器をつくり争わなければならないのか?
全ては不幸の知識を受け入れた人々に、不幸の思想がつくられ、それを土台にした不幸の祈りから魂が盲目となり、物事を正しく見られなくなってしまったことが原因です。
不幸の知識を広める宗教指導者は、裏の死の商人と言えるでしょう。

もし何の妨げもないのであれば、自然の恵みが常にあるように、本当はいつでも仏との縁を結ぶことが可能なのです。
仏との縁の中で自らと向き合い真剣に向上を願うとき、仏の慈悲に触れ、善い神々の守護が受けられる手段があります。

人々が受けられるはずの恩恵を妨害する宗教指導者は、裏の死の商人を生業としている事、内面では人々の不幸を喜んでいる事を忘れてはなりません。人々が不幸になることは、裏の死の商人にとって弱みにつけこみ不幸の知識を高く売りつける絶好の機会なのです。

(2)「無償の奉仕」
生活の中で奉仕する機会はいくつもありますが、行動に移すことは難しいです。特に身内より他人への奉仕はさらに困難となります。また利己心や虚栄心から行動する偽善もあります。やらないよりはやった方が良いですが、無理をすればあまり良い結果とはならないでしょう。
まずは各々が宇宙の自然法則と調和し、魂の内奥の安らぎに浸ることが先です。獲得した叡智と魂の成長に合わせて、自然に見返りを求めない施しができます。・・・というより、施したくなるのです。それが仏の意思だからです。

(3)「祈り」
過去の汚れと今日の汚れを少しずつ落とす方法です。しかし、「混ぜるな危険」があるため、使用方法を間違えば大変なことになります。

掃除は難しく大変なので、なるべく汚さないことです。仏の真髄を知るまでは、因果律を土台に各々の霊格にふさわしい理性的な生活を送りましょう。

 シルバーバーチの霊訓(十一)より抜粋
過ぎ去ったことは忘れることです。すでに後ろのものとなりました。前にあるものが大切です。言うまでもなく、今あなたが味わっている結果を生み出した原因は過去にあります。しかし同時にあなたは、これから結果を生み出す原因を今作りつつあるのです。良いタネを蒔くように努力なさることです。


ペットの写真は、飼い主の方がブログを見つけてしまう可能性があり、ペットのプライバシー?とかも考えて載せないことにしました。

・・・見たいですか?見たいですよね。マグナムも本当はかぁいい写真を載せたいのです。

テーマ : 心と幸せ
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お盆

祈りの原点

連休の始まりは休み明けのことなど考えないように過ごしますが、終わりが近付くにつれ残り何日とカウントが始まり無常にも最終日が来てしまいます。皆さんは夏休み、お盆休みを有意義に過ごされましたでしょうか?

マグナムは、ある出来事により息抜きする暇もなく貴重な連休が消化されてしまいました。詳しい話は後回しにしますが、その前に。

ここに集まる皆さんのことです、お盆は当然先祖供養された事と思います。

 「ん?・・・遊んでた?疲れて寝てた?何して過ごしたか忘れた?」(´・ω・`;)
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先祖代々、過去からの原因と縁の積み重ねにより現在の貴方が存在している因縁を思えば、どうでしょう。感謝の気持ちや愛情などの善意の祈りは、霊界で暮らす生命に一筋の光明を与え目覚めを促進させます。
もし貴方が霊界側の生命だとして、祈りの便りを受けたら嬉しくないですか?周りが便りを受けているときに自分だけが貰えなかったらどうですか・・・やっぱり残念に感じるとマグナムは思いますよ。(*´ω`*)
一年にたった一度の贈り物、今からでも全然遅くはないです。とても簡単なので霊界で過ごす大切な人に祈りを贈りましょう。

祈りについては前回の記事で書いたとおり、仏の正しい法に逆らう信仰では何の効果もありません。仏の真髄を知るまでは、ただ手を合わせ祈ることが原点です。全くお金は掛かりませんし、無意味な儀式も必要ありません。また祈りの思念に時間と距離はありませんのでお墓に行く必要もありません。必要なのは貴方の魂と身体だけです。

今さらですが、ブログの内容は仏の教えとシルバーバーチの霊訓を通じてお話ししています。霊訓は仏の教えと相違することなく、簡潔で分かりやすく、説得力があります。
おかげさまでとても楽ができている訳ですが、シルバーバーチに限らず、ステイントン・モーゼスやアラン・カルデックに語りかけた霊たちも時代に合わせて必要な啓示をしてきています。綿密な計画のもとに150年以上も前から人類のために着々と実行されてきた仏と善天使と人間の夢のコラボです。皆さんは、その延長線上にいる訳ですが、本日が初めての方はこの機会を逃さないようにしましょうね。(*´▽`*)b

海外では残念なことに、すでに新しい啓示がされているにもかかわらず未だに過去の古臭い啓示を後生大事に全く受け入れようとせず、自らの手で平和から程遠い世界を作り出しています。
釈迦の説いた仏の法でさえ無常に滅するのですから、主よ主よと言っている方々は死後に悔恨の念で苦しまぬよう冷静に理性を働かせましょう。

イエスとその教えを伝統宗教の擁護派が一丸となって非難し、わずかな銀貨で十字架へかけるまでに至らしめたように、いつの時代も古き宗教をくつがえす新しい啓示は簡単には受け入れられず苦難の道を歩むのです。
愚かにも嫉妬・恨み・怒りの感情を起こす哀れな者もいますので改めて書きますが、マグナムは決して押し付けるつもりはなく用意のできた方が受け入れてもらえばそれで良く、盲目でいたい者、向上心の無い者、無知な者、備えの無い者はどうぞ拒絶なされば良いでしょう。
また、無明のために己も救えない者が宗教勧誘するのはやめましょう。道連れを不幸にした責任まで取らなければなりませんよ。キリスト教に限らず、上記のことは他の一神教・新興宗教・ニセ仏教・神社信仰などにも同じことが言えます。

話を戻しましょう。
まずは、祈る方向です。

 シルバーバーチの霊訓―霊的新時代の到来より抜粋
時として酷(きび)しい環境に閉じ込められ、それが容易に克服できないことがあります。しかし、正しい信念さえ失わなければ、そのうちきっと全障害を乗り越えることができます。そんな時は大霊(仏)の象徴であるところの太陽に向かって、こう述べるのです――自分は大霊(仏)の一部なのだ、不滅なのだ。永遠の存在であり、無限の可能性を宿しているのだ。そんな自分が、限りある物質界のことで挫(くじ)けるものか、と。そう言えるようになれば、決して挫けることはありません。
ここで注目していただきたいのは「大霊(仏)の象徴であるところの太陽に向かって」というところです。宇宙船地球号は、太陽の正確な軌道に従い天の川銀河を約2億2500万年以上かけて一周します。無量の三千大千世界が集まり無限の宇宙が構成されていることはお話済みですが、宇宙船地球号に限らず他の生命の生活する天体にも同じように宇宙の自然法則は働いています。

「今は何周目かって?」

人間の短い寿命では宇宙船地球号は同じ場所に留まっているのではとさえ感じてしまいますが、太陽系が誕生してから現在までに天の川銀河を約20周以上していると考えられています。

また、象徴と言っても太陽に祈る訳ではありません。すでに述べましたが太陽は神々の中の一生命です。神に祈るのではなく全生命の親である仏に向かい祈ります。マグナムのお勧めは、東から太陽が昇るので、いつもより少しだけ早めに起きて東の朝日に向かいます。祈りに集中するために余裕を持つことが大切です。また歯磨き・洗顔・爪切り等の身だしなみは集中を助けます。

日出づる処の国名・国旗は伊達じゃないです。そしてそこに生まれ育ち生活する人々の福徳もまた同じです。因果律に偶然はありません。未来の日本は物的・霊的両面に渡り世界の平和の象徴となるでしょう。

次に、姿勢です。

正座または、椅子に腰掛けくつろげる状態をつくります。手を合わせ目を閉じます。目を閉じるのは更に集中を助けるためです。
ここまで準備が整いましたら、落ち着いているのを確認して一礼します。この一礼は仏に対してですが、仏性を賦与(ふよ)していただいたことへの感謝の気持ちから自然と起こる行為なので、形だけの一礼になるのであれば行う必要はありません。因果律は行為だけでなく、そこに至るまでの自由意志の状態を何一つ見落とすことなく監視しています。形だけの行為では意味がありません。
一礼が終わりましたら、各々の善意の祈りを贈りましょう。祈り終わりましたらそのまま一礼して目を開けます。(一礼については同じく気持ち次第)

短い時間ですが、きっと特別な感じがすると思いますよ。(*´ω`*)

後回しにした話は、長くなりそうなので次の記事にします。
 
※勘違いがあるといけませんので追記しますが、あくまでも祈りの原点だということを強調しておきます。仏の真髄を知るまでの仮であり、真髄による祈りを知るまでは無明の霧から抜けることは出来ません。

ブログを素直に読み生活に活かしている方は、魂のベクトルが仏へと向き始めていますので、ベクトルの向きと霊格に相応した効果が得られます。しかし、ベクトルが全く違う方向の者が同じことをしても無意味です。
まずは執着しているスジの通らぬ宗教的知識を捨てることから始めましょう。形を真似て同じように行っても仏の目は絶対に誤魔化せません。

またブログの最終段階では、仏との縁を引き寄せるために祈りは必須となります。厳しく感じられるかもしれませんが、仏に逆らう信仰を捨てない限りは致命的となることを先にお伝えしておきます。

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ジャンル : 心と身体

六欲天 No.6 兜率天(とそつてん)

兜率天(とそつてん)

 六欲天の魔神界第四の天、兜率天(とそつてん)について、        

夜摩天の遥か上層の虚空中に兜率天があります。天衆の善業の力は夜摩天王の百倍勝れており、この天の広さは夜摩天と同じく約56万kmで内院と外院に分かれています。広さを想像しやすいように地球と比較してみました。どうですか?広くも感じるし・・・霊界が実在の世界ですから宇宙空間に広がる一つの次元と考えればそれほどでもないような・・・
兜率天(とそつてん)

内院は菩薩たちの修行の場で最も勝れた清浄な天地が広がります。外院は天の境界(善業による善果の報いを受ける境遇)に翻弄される天衆の暮らす天地が広がります。

この天の寿命は「人間の四百年を一日一夜とし、寿命は四千歳。また天人生の途中で死ぬこともある。」とあるので人間界の時間に換算すると、5億7600万年になります。

華の池・園林等の自然、天女の容姿・声、光明、様々な物、力、智慧の働き、長寿命、身体、心、受容可能な霊力の量などを十六分しても、夜摩天は其の一にも及びません。そのため当然ながら寿命を全うすることなく三悪道に流転します。経典では天から退く様子を「油尽きて灯火が消えるようである」と例えています。

菩薩の全身は様々な色の光明で満たされ、身の光は約35,000kmをあまねく照らします。周りの天衆は勝れた光明を見て珍しく不思議に思います。菩薩はすかさず天衆の心身をととのえ悪行を制するために仏の法を説きます。法を聞いた天衆の中には、聞こえても何とも感じず放逸して五欲をむさぼり続ける天衆と楽しいと感じてさらに聞きたいと急いで内院に向かう天衆がいます。

楽しいと感じた天衆は、内院で法を聞き終わると敬重の心を生じます。そしてさらに聞きたいと急いで行堂に向かい、この中で法を聞いてさらに心に敬重を生じるために光明が百倍・千倍に増大します。光明の増した天衆は仏の法に従うことの大切さを悟り、放逸しなくとも今の境遇に十分な喜びを感じて満足できることを知ります。

他の放逸を続ける天衆の光明は何も変わらず天衣・飾り等の一切が劣るために、勝る天衆を見ては心に恥を生じます。恥ずかしいので法を無理に聞こうとするのですが、正しく聞くことが出来ないために光明が増大することは無くやはり心に恥を生じます。そして劣る天衆は居心地の悪い内院から離れ、現世の境界を飽きることなく楽しみ尽くしてしまいます。

兜率天の魂の状態は、「仏の教えを楽しまず、目先の安逸な境遇に翻弄される」です。

「皆さん、仏の教えを楽しんでますか?ヽ(・∀・)ノイヤッホォ!!」

「しーん・・・あれっヽ(・∀・;)ノカム着火ァァァアアアアショック=≡Σ((( っ゚∀゚)っ」

兜率天の魂の状態を多く顕現する者は、宇宙の自然法則に従うことの大切さを悟らず次第に刹那的になります。

兜率天については以上です。


 兜率天の説明が早く終わりましたので、時間をいただける方はこのままお付き合いを。

葬式仏教についてはお話済みですが、葬式でお布施のトラブルがあるようなので触れておきます。

寺に葬式を頼み、住職の「お布施はお気持ちで」という言葉を真に受けて三万円を包んだところ、後で住職から「何かの間違いでしょう」と言われ、追加で30万円を支払ったというお話がありました。

ずいぶん欲深い住職ですが、「なぜ欲深いのか?」と言えば宗教的知識だけで叡智を全く得ていないからです。別の言い方をすると、人に因果応報を説いても、魂で因果応報の恐ろしさを全く知らないために愚かで恥ずかしい行為ができるのです。また「なぜ叡智を全く得ていないのか?」と言えば、仏の真髄を知らないからです。

「ここで皆さんに少し考えて欲しいのですが、仏はお金に興味があると思いますか?(。-`ω-)」

・・・当然ある訳がありませんね、シルバーバーチでさえ「あなた方はまだ霊の世界の本当の素晴らしさを知りません。(中略)お金の心配がない……こうした世界は地上には譬えるものがないのです。」と言っているのです。お金に興味があるのは「人間だけ」です。

過去の記事で、大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)に触れ、釈迦入滅後に魔王が仏の教えを壊していくお話をしましたが、ここでも経文に触れますので正見を磨きましょう。(*´▽`*)

釈迦は弟子たちの様々な問いに答える中で、入滅(涅槃)後に欲深い悪僧が現れることについて説かれています。

 大般涅槃経より抜粋
我(釈迦)涅槃の後、非常に長い時間が経過する間に、四つの修行段階に到達した聖人たちも又ことごとく涅槃する。仏の正しい法が滅びた後、形だけの法が残り悟りを開く者は存在しない時代が来る。その時まさにこのような僧がいる。形だけの戒律を守っている振りをして、少しばかりの経を読み、飲み食いに心を奪われその身を長く養う。(中略)袈裟(けさ)を身に着けているといえども猟師のようであり、細目で鋭くじっと見つめゆっくりと忍び寄るさまは、猫がねずみの様子をうかがうようである。常に自分は悟り(阿羅漢/あらかん)を得たと言い、外見は賢く善良な振りをするとも、内面は貪欲で嫉妬を抱いている。何も知らず無明であり仏の法について問われるも明確に答えられず黙り込むさまは、無言の修行をする婆羅門(ばらもん)等のようであり、実際は出家するに値しない者が、出家して僧侶のふりをする。邪見が非常に盛んで、仏の正しい法を罵(ののし)り貶(おとし)める。

(´;゚;ω;゚;`)うわぁ・・・悪僧たちの怒りの視線を感じるマグナムですが、好き勝手に書いている訳ではないですよ。釈迦は仏ですから当然、人の欲望を良く知り尽くし予見して説いただけのことです。文句のある方は釈迦にお願いします。

袈裟を身に着け僧侶の振りをしていても、ねずみを狙う猫のように魂の状態は畜生界であることを分かりやすく教えてくれます。仏教でこの状態なのですから仏の教えではない一神教、仏の教えを利用した新興宗教、シャーマニズムを起源とした神社信仰の全てが虎視眈々と皆さんの懐を狙っていることは言うまでもありません。

また経文の中には、『牛飼いの女性が利益を得るため牛乳に二割の水を混ぜて他の牛飼いに売り、この女性は更に二割の水を混ぜて城の近くの女性に売り、この女性はまた更に二割の水を混ぜて城の中の女性に売り、この女性は大切な客をもてなすために新鮮で良質な牛乳を買い求める女性の足元を見て高く売りつける。』という例え話があります。

牛飼いの女性が水を混ぜる前の新鮮で良質な牛乳とは、釈迦の説いた仏の正しい法です。水を混ぜるとは、仏の正しい法を勝手に変え、書き加え、諸々の経を交ぜて、経の一文を利用して世間話等を飾り混乱・破壊して無効化することです。
あまりに薄い牛乳ならば味見ですぐに分かりますが、それは牛乳の味を知っているからであり、仏の正しい法の味は大半の人々が知らないのですから味見をしてもどれが本当の味なのか分かりません。また、成仏・天国・御利益・罪の赦し等の幻が見える毒が含まれていることはすでに述べたとおりです。

この例えにはさらに二つのポイントがあり、牛飼いが牛飼いに薄めた牛乳を売る行為と、足元を見て高く売りつける行為です。人の欲望とは本当に恐ろしいですね。(´・ω・`;)
牛乳なら未だしも永遠の生命の行方を決める重大なことです。悪僧・その他宗教指導者・狂信者について語るつもりはないですが、少人数の欲望のために多くの人々が犠牲になる姿は見たくないのです。
悪僧以下一同の方々もこのままでは不憫なので、正しく読めるか分かりませんが高級霊からのメッセージを掲載します。

 シルバーバーチは語るより抜粋
牧師「地上での最大の罪は何でしょうか」

SB「罪にもいろいろあります。が、最大の罪は神(仏)への反逆でしょう」

ここでメンバーの一人が「その点を具体的に述べてあげてください」と言うと

「神(仏)の存在を知りつつもなお、それを無視した生き方をしている人々、そういう人々が犯す罪がいちばん大きいでしょう」とシルバーバーチが付け加える。
つまりは、仏の正しい法に従わず罵り貶めることが地上での最大の罪となります。また間違っていると知りつつ改めることの出来ない者は、知らずに犯す者より重い責任を取らされます。

※ここでのシルバーバーチは、宗教脳に侵された牧師のために神という言葉を使用しています。一神教での神は一切を創造して支配する唯一絶対の存在であり、大霊(仏)を神に置き換えることで説明しやすいからです。
仏は全生命の始源ですから神々も仏の生命の一部です。そのため神々が仏より先に生まれることはありえません。
一神教で使用している神という概念は間違いです。神々も人間と変わらず魂を進化させる一生命です。

 シルバーバーチの霊訓―地上人類への最高の福音より抜粋
イエスは“神”ではありません。全生命を創造し人類に神性(仏性)を賦与(ふよ)した、宇宙の大霊そのものではありません。

イエスは“父”の右に座っておられるのではありません。その“父”も黄金の玉座に座っておられるのではありません。イエスは進化せる高級霊の一人です。地上人類の手の届かないほど誇張され神格化された、縁遠い存在ではありません。

イエスをあなたと同じ存在とお考えになることです。はるかに進化はしていても、決して手の届かない無縁の存在ではありません。

 シルバーバーチは語るより抜粋
イエスもやはり大霊の道具であり、地上の人間も大霊から授かった霊力を発揮しさえすればイエスと同じ生き方が可能です。

イエスを祈願の対象とするのは間違いです。祈願は大霊に捧げるべきであって、大霊の使者に捧げるべきではありません。

人間が「神」と呼んでいるのは実は宇宙の自然法則のことです。私の言う「大霊」です。大霊は万物の生命の中に内在しております。
 ※シルバーバーチの言う「大霊」とは「仏」のこと。

 シルバーバーチの霊訓―霊的新時代の到来より抜粋
宇宙の背後に控える無限の力は、“ゴッド”のように、世界中の億単位の人間がそれぞれにまったく異なる概念で使用している用語を用いるよりは、グレイト・ホワイト・スピリット(真白き大霊、ないし無色の大霊、の意)の方が、より正確にその本性を伝えていると考えるのです。
シルバーバーチが使用する大霊(グレイト・ホワイト・スピリット)という表現には微妙な意味合いが含まれています。グレイトには、偉大・最勝・無比・完全無欠など。ホワイトには清らかで穢れの無い・一点の曇りも無い・無色・無形の実在(森羅万象を支える永遠不変・永遠不滅の自然法則)など。

次に、聖職者の祈りについても触れておきます。

 シルバーバーチの霊訓―霊的新時代の到来より抜粋
質問「大主教による仰々(ぎょうぎょう)しい祈りよりも、素朴な人間の素直な祈りの方が効果があるということでしょうか」

SB「地位には関係ありません。肝心なのは祈る人の霊格です。大主教が霊格の高い人であれば、その祈りには霊力がそなわっていますが、どんなに立派な僧衣をまとっていても、スジの通らない教義に凝り固まった人間でしたら、何の効果もないでしょう。

もう一ついけないのは、集団で行う紋切り型の祈りです。意外に効果は少ないものです。要するに大霊は肩書や人数ではごまかされないということです。祈りの効果を決定づけるのは、祈る人の霊格です。」
スジの通らない教義とは、仏の正しい法に逆らう教義のことです。言い換えれば、宇宙の自然法則(因果律)の道理を無視した間違った教義のことです。また霊格が高い人、及びどんなに立派な僧衣をまとっている人も、仏の正しい法に逆らう宗教の祈りでは何の効果もありません。

 シルバーバーチの霊訓―霊的新時代の到来より抜粋
神(仏)を信じない人でも霊格の高い人がおり、信心深い人でも霊格の低い人がいます。霊格の高さは信仰心の多寡(たか)で測れるものではありません。行為によって測るべきです。
霊格とは魂がどの程度まで進化しているのかを表現する言葉です。魂の進化の程度とは煩悩の程度です。魂がどのくらい清らかなのか、穢れているのかと言うことです。
霊格が高いとは魂が清らかで穢れの少ない段階まで到達いているという意味になります。
例えば畜生界の魂の状態を多く顕現する悪僧は多くの煩悩に包まれ穢れているので非常に霊格が低いと言えます。

祈りとは魂の表現です。霊格が高いほど、それだけ高い次元の界層に祈りの思念を届けることが出来ます。また霊格が高いほど魂の内奥に潜在する仏の無限の力を多く顕現することが出来るとも言えます。

何だかだんだん雲をつかむような話になってきましたが、魂で宇宙の自然法則を学ぶことで誰でも経験できることなので今は知識上の理解だけで「あぁ・・・そうなんだ」ぐらいで、さらっと流しましょう。叡智を獲得したときに知識と魂の経験が一致します。
以下、祈りの効果の一つです。

 シルバーバーチは語るより抜粋
人のためによく尽くした人、他界に際して愛情と祈りを受けるほどの人は、そうした善意の波動を受けて、(霊界での)目覚めが促進されます。

仏の真髄を知るまでは、ただ手を合わせ祈ることが魂の表現の原点となります。因果律を土台に理性を活かす生活もまた同じです。無宗教は悪いことではありません。(但し、仏を信じない者は除く)

結構長くなってしまいましたね。(´-ω-`;)ゞ
次回は、六欲天の魔神界第五の天、化楽天(けらくてん)についてお話します。お疲れ様でした。(*´ω`*)

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テーマ : 心と幸せ
ジャンル : 心と身体

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マグナムやまと

Author:マグナムやまと
危険な宗教団体廃絶
無明から光明への道標

以下、向上心のある方向け

このブログはスピリチュアリスト、または特定の宗教団体に導くものではありません。

ネット上に氾濫する宗教・スピリチュアリズム・心の探求などの誤った情報を正していくことが目的である。

心と体の関係を正しく理解することで次第に悪因を作ることを止め、生老病死を恐れず、精神的豊かさを手に入れることを目指す。

精神的豊かさは、魂の成長を意味する。
魂の成長は、死後の世界を決める。
地上生活は原因、死後の世界は結果である。
善因を作るのも、悪因を作るのも己である。

神々も含め、誰であろうと原因結果の法則から絶対に逃れることは出来ない。

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