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六欲天 No.10 種まきのたとえ

仏の国の奥義:良い地にまかれた種は良い実を結ぶ

 釈迦、イエスの教える‘例え’についてお話しします。

イエスの教えから‘種まきの例え’を読んでいただき、説明を加えながら最後にまとめます。
イエスはまた湖のほとりで教え始められた。おびただしい数の群衆がみもとに集まった。それでイエスは湖の上の舟に乗り、そこに腰をおろされ、群衆はみな岸べの陸地にいた。イエスはたとえによって多くのことを教えられた。その教えの中でこう言われた。

「よく聞きなさい。種をまく人が種まきに出かけた。まいているとき、種が道ばたに落ちた。すると、鳥が来て食べてしまった。また、別の種が土の薄い岩地に落ちた。土が深くなかったので、すぐに芽を出した。しかし日が昇ると、焼けて、根がないために枯れてしまった。また、別の種がいばらの中に落ちた。ところが、いばらが伸びて、それをふさいでしまったので、実を結ばなかった。また、別の種が良い地に落ちた。すると芽ばえ、育って、実を結び、三十倍、六十倍、百倍になった。」

そしてイエスは言われた。

「聞く耳のある者は聞きなさい。」

さて、イエスだけになったとき、いつもつき従っている者たちが、十二人の弟子とともに、これらのたとえのことを尋ねた。そこで、イエスは言われた。

「あなたがたには、神の国の奥義が知らされるが、ほかの人々には、すべてがたとえ(ただの種まきの話)に聞こえるのです。それは、

『彼らは確かに見るには見るがわからず、聞くには聞くが悟らず、悔い改めて赦されることのないため。』

です。」(マルコによる福音書4:1~12)
文章から様々な条件下にまかれた種が、どのような結果をもたらしたのか情景が浮かびます。
これは基本的な読解力があれば文章の表面上の意味を理解できるからに他なりませんが、聞く耳のある者は種まきの情景だけでなく、そこにイエスが本当に伝えたい隠された意図を読み取ることができます。
しかし人類の大半の人々は聞く耳がないので、残念ながらただの種まきの話にしか聞こえません。

『悔い改めて赦されることのないため』とは、言い換えれば『無明の霧の中にいることを認めないため』となります。このような人々は仏の教えを素直に受け入れる備えができるまでは、見るには見るがわからず、聞くには聞くが悟ることはありません。

このあとイエスはつき従う者たちと十二人の弟子に、例えに隠された神の国の奥義を教えます。
宇宙の自然法則を垣間みるイエスの言う神の国とは、もちろん仏の国(仏界)のことです。ただしお断りしておきますが、イエスの教えの意図を読み取れないキリスト教徒の概念がつくりだす神の国は存在しません。なぜなら、

 シルバーバーチの霊訓―地上人類への最高の福音より抜粋
イエスは“神”ではありません。全生命を創造し人類に神性(仏性)を賦与(ふよ)した、宇宙の大霊(仏)そのものではありません。

 シルバーバーチは語るより抜粋
イエスを祈願の対象とするのは間違いです。祈願は大霊(仏)に捧げるべきであって、大霊(仏)の使者に捧げるべきではありません。
聖書には致命的な欠陥があることは既に述べたとおりであり、そもそも仏(神)ではないイエスを仏(神)の座に祭り上げたことが最大の過ちです。
イエスの時代に広まる宗教思想(ユダヤ教)の間違いを正し、人々の聞く耳の状態に合わせて少しだけ補足したに過ぎません。イエスは宇宙の自然法則の全てを知らなかったこと、全てを説いていないことを理解する必要があります。

聖書と教義をパズルに例えれば、もともと足りないピースと様々に絵柄の異なる関係のないピースを無理やり組み合わせ、何を表現しているのかも分からない未完成の絵柄を後生大事にしているようなものです。
それに対して経典は、全てのパズルのピースが揃い絵柄が統一されています。正しく組み合わせることができれば完成したパズルの絵が仏の国へと向かう一本の道を示します。

 それでは次に進みましょう。
そして彼らにこう言われた。

「このたとえ(ただの種まきの話)がわからないのですか。そんなことで、いったいどうしてたとえ(隠された意図)の理解ができましょう。種まく人は、みことばをまくのです。

A:種が道ばたに落ち鳥が来て食べてしまったとは、
『みことばを聞くと、すぐにサタンが来て、まかれたみことばを持ち去ってしまう人々のことです。』

B:種が土の薄い岩地に落ち土が深くなかったのですぐに芽を出すが、日が昇ると、焼けて、根がないために枯れてしまったとは、
『みことばを聞くと、すぐに喜んで受けるが、根を張らないで、ただしばらく続くだけです。それで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人々のことです。』

C:種がいばらの中に落ちいばらが伸びて、それをふさいでしまったので実を結ばなかったとは、
『みことばを聞いてはいるが、世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望がはいり込んで、みことばをふさぐので、実を結ばない人々のことです。』

D:種が良い地に落ち、芽ばえ、育って、実を結び、三十倍、六十倍、百倍になったとは、
『みことばを素直に聞いて受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人々のことです。』」
                                            (マルコによる福音書4:13~20)
みことばとは、宇宙の自然法則を垣間みるイエスが仏の国に人々を導くために話す教えです。

・Aグループの人々とは?
一神教・新興宗教・神社・ニセ仏教等を信仰している、または思想の奴隷となっている人々です。人類の大半はこのグループに入り、一言でいえば‘邪見’の人々となります。

魂の状態の各要素については時間をかけて述べてきましたが‘魔性に従い’という言葉を覚えていますでしょうか。
修羅~地獄界の魂の要素は、利己的な欲望を成就しようとする魔神界の魂の要素に従うというお話です。
サタンとは魔王のことで、欲界の頂点に君臨し、無明の生命の中では最強の力を有します。ただし因果律があるので仏を超えることはなく、魔王も宇宙の自然法則の中で生命活動をする仏の生命の一部です。
ここで心に留めていただきたいのは「魔王には、欲界の生命に六道輪廻を繰り返させようとする明確な意思がある。」ことです。なぜかは六欲天の魔神界第六の天、他化自在天(たけじざいてん)で詳しくお話しします。

宇宙の自然法則に逆らう信仰をしている人々に「あなたの信仰は間違っています。」と伝えると、自分の宗教思想・行為を批判されたと感じます。
これは伝えた言葉の正否には関係なく自分の思想・行為を肯定したいという欲望が生じるからです。そして、この欲望を成就するために相手を言いくるめよう・言い負かそうと保身することになります。
自尊心の高い人ほど、この傾向が強く、魂の要素としては修羅界が働きます。このような人々は魂の庭にお腹をすかせたハトの群れを飼っているようなもので、種をまいてもすぐに残らず食べられてしまいます。

種より豆の方が好みかもしれませんが、種を食べたハトはフンをまき散らして魂の庭を汚してしまいます。
フンをまき散らすとは、矛盾したこと言い、陰口を言い、真実にそむいて言葉を巧みに飾りながら偽ることをして欲望を満たすことです。魂の要素は畜生界です。
フンをまき散らすのは自由ですが、いつかは大掃除(大苦難)をしなければならないときがまいります。そして、そのような愚かな行為をした当の本人は残念ながら気づいていません。魂の庭を汚すとはこのことです。

トップページの中で魂の目覚めに不向きの方として、宗教脳・傲慢・頑固・利己的・年寄りをあげましたが、なぜ不向きなのかと言えば、みことばを聞いても理性を活かさず自己中心の利己的な欲望の成就を優先してしまうからです。
このときの魂の要素の変化は、善神界の善性が負け、あるいは葛藤もせず魔王の働きかけに修羅~地獄界が応じている状態となります。そのため、みことばを素直に聞いて受け入れることができません。
これが『すぐにサタンが来て、まかれたみことばを持ち去ってしまう』の意味です。

・Bグループの人々とは?
『みことばのために困難や迫害が起こる』とありますが、Aグループで述べたように‘みことばのため’だけとは限らず、相手が思想・行為を批判されたと感じれば争いが起きます。
一神教の思想戦争が良い例ですが、互いに自分の思想・行為に正義があると信じています。しかし、どちらにも正義はありません。
もともと何の根拠もない基盤の上に神学体系を築き、その教義をもとに未熟な思想が作られたのですから、それを中心に物事を考え行動すること自体がそもそもの間違いです。
人間は宇宙の自然法則の恩恵を受けて生きているのですから法則を中心に物事を考え行動すれば善いのです。

読者の中には、環境からのマインドコントロールに覚めつつある方々もおりますので困難や迫害に遭わないためにはどうしたら良いのか記載します。

(1) 相手の自由意思を尊重してあげることです。
(2) 周りに大切な人がいないのであれば、知り得たことを心に留めて公言しないことです。死後の行き先は魂の進化の程度で決まります。「周りがどうか?」ではなく「自分はどうあるべきか?」が重要です。
(3) 周りに大切な人がいる場合は、エサをまいて相手の状態を観察しましょう。
例えば、神社への初詣の参拝や七五三等の宗教行事に参加しなければならなくなった場合を想定します。

あなた「神道・神社は明治政府公認の新興宗教だけど、自分たちには関係ないことだと思わない?」

相 手 「えっ、なんで?日本の伝統文化じゃん。宗教だけど風習として考えればいいんじゃないかな。」

あなた「でも伝統文化を隠れみのにした宗教ビジネスだよ。宗教行為は無意味で時間とお金の無駄だと思うけど。」

相 手 「どうしたの?みんなもやってることだし・・・願えば神様からラッキーでご利益もらえるかもしれないじゃん、別に深く考えなくていいんじゃないの。宝くじも買わなきゃ当たらないでしょ。」

あなた「ふぅ~ん、ラッキーかぁ・・・ただ、自分は無駄な宗教行事に参加する必要はないかと思っただけ。」

相 手 「無駄、無駄ってなんか気分悪いなぁ。日本特有の文化なんだし受け継がれる日本の心をもう少し大切にしたら!」

あなた「そうだね。(*´ω`*)ニッコリ」←ここで話をやめることが重要です。

相手は公園のハトポッポ状態だと分かりましたので、エサをまくのはやめて相手の自由意思を尊重してあげましょう。
間違っても(*´ω`*)ニッコリではなく言い負かそうと「はぁ?ほんと物分り悪いなぁ、だから日本特有の文化の仮面をかぶった宗教ビジネスだって言ってんじゃん!!」←これはダメです。

「争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない!」ですから、わざわざ同じ土俵に上がる必要はありません。

ただし相手のことを大切に思うのであれば、これで諦めるのではなく正しく受け入れる備えができるように普段から相手の自由意思の尊重を第一に善く諭すことです。
宗教行事に参加しないことが一番ですが、どうしても周りに合わせる必要があるときは仕方がありません。読むワクチンの効果もありますし、周りに溶け込むフリをするだけなので魂に目隠しをされることは無いでしょう。
(4) 実を結ぶために、ときには根を伸ばし土の深いところを探すことも必要です。

・Cグループの人々とは?
「いばらが伸びて」とは、自己中心の利己的な欲望を成就することで増える煩悩のことです。
いばらを育てるのは自由ですが、いつかは魂の庭のいばらをむしらなければならないときがまいります。根を深く張るいばらの群れは簡単には抜けず、その中に何度も手を入れむしろうとするとき、鋭いトゲが引っ掛かり突き刺さり皮膚が裂けてしまいます。また傷口が化膿することもありなかなか治らず、跡が残る場合もあるでしょう。

いばらの中に何度も手を入れむしるとは、苦難に遭い心身に苦悩・苦痛を受けることです。
しかし苦難が終わればいつの間にか乗り越えた辛さは思い出になり、また目先の楽しみに心を奪われ新たないばらを育ててしまいます。(ここでも長い時間をかけて下層界に働きかける魔王の姿があります。)
夢まぼろしの幸せを追い求めていばら(煩悩)を育てることが、自らを苦しめる行為だと学ぶまではいばらむしり(苦難)を繰り返すしかありません。

『みことばをふさぐので、実を結ばない』とありますが、ここはとても重要です。
言い換えれば『最後まで諦めず素直に受け入れる備えさえあれば実を結ぶ』ということです。
もちろん「因果律を土台に各々の霊格にふさわしい理性的な生活を送る」「苦難と正しく向き合う」も大切なことでしたね。

いばらむしりは大変なので、なるべく増やさず育てないことです。

 シルバーバーチの霊訓(十一)より抜粋
過ぎ去ったことは忘れることです。すでに後ろのものとなりました。前にあるものが大切です。言うまでもなく、今あなたが味わっている結果を生み出した原因は過去にあります。しかし同時にあなたは、これから結果を生み出す原因を今作りつつあるのです。良いタネを蒔くように努力なさることです。
良いタネとは善行ばかりとは限りません。自己中心の利己的な欲望を抑える努力をなさることも、未来の自分のためになります。

・Dグループの人々とは?
『みことばを素直に聞いて受け入れ』とありますが、素直に聞いて受け入れるためには魂の庭が良い地でなければなりません。
最初から良い地の人々はいるのでしょうか?
人類の大半はAグループで、B・Cグループが皆さんですから、いないです。
それでは実を結ぶためには、鳥を追い払い、岩地を砕いて運びだし、いばらをむしり、土地を耕して良い地を造るしかありません。
良い地を造るとは、正しく聞ける耳を育てることです。このブログでは‘正見を磨く’と表現してきました。

魂の庭の鳥を追い払う方法、岩地を砕いて運びだす方法、いばらをむしる方法、土地を耕す方法、フェンスを作る方法を学ぶことで、各々が少しずつ良い地を増やしていくことができます。また因果律により強制的に良い地を造る機会を与えられる場合もあります。
フェンスが必要な理由は、増やした良い地に石を投げ込む人々がいるからです。石を投げ込む人々とは、Aグループのハトのフンをまき散らして魂の庭を汚している人々のことです。
フェンスはばらまかれる悪い知識・矛盾・嘘などから、新しく作られた仏(宇宙の自然法則)の思想を守ります。

この例えの核心は以下の二点です。
『第一に、人々の聞く耳を正しく育てること。』
『第二に、正しく聞ける耳を育てるには、みことばを素直に聞いて受け入れることが重要であること。』

仏の国に人々を導くイエスの立場から語れば、さらに難しく深い奥義を理解させるには、人々の聞く耳を育てることは必須なのです。

美しい花を咲かせる種だと分かっていても、美味しい実をつける種だと分かっていても、良い地がなければ育てて観賞することも食すこともできず残念ながら諦めなければなりません。しかし大変な思いをして良い地を造ってみると、今度は様々な良い実を結ぶ種をまきたくなるものです。

魂の庭に良い地を造るコツが分かれば大変なガーデニング作業も次第に楽しくなります。
自分の、自分による、自分のための庭なので、美しい花々で飾ることも実りのある種をまいておき刈り取りを楽しみに待つことも夢ではありません。せっかく貴重な時間を割いて読んでいるのですから、飾る花もなく刈り取る良い実もないような惨めなことにならぬようにしたいものです。

イエスのみことばは、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶですが、仏の真髄は無量の実を結びます。
天に無量の宝を蓄えられるよう正見を磨きましょう。v(*´▽`*)vマジ刈り取りきれねぇ~

イエスは例えについての説明を終えると、次の言葉を残します。
また言われた。「あかりを持って来るのは枡(ます)の下や寝台の下に置くためでしょうか。燭台の上に置くためではありませんか。隠れているのは、必ず現われるためであり、おおい隠されているのは、明らかにされるためです。聞く耳のある者は聞きなさい。」(マルコによる福音書4:21~23)

釈迦もイエスも例えを説きますが、人々の聞く耳の成長に合わせて仏の国の奥義を段階的に余すところなく説いたのが仏の教えです。
釈迦は諸々の仏の一人であり、イエスは仏に近づかんとする仏の子等の一人です。例えれば、先生と生徒のようなものですから同列に語ることは出来ません。

 シルバーバーチの霊訓―地上人類への最高の福音より抜粋
イエスをあなたと同じ存在とお考えになることです。はるかに進化はしていても、決して手の届かない無縁の存在ではありません。

イエスは進化せる高級霊の一人です。地上人類の手の届かないほど誇張され神格化された、縁遠い存在ではありません。

仏は全ての仏の子等が仏の国へ無事に戻ってくることを願っていますから、最初から奥義の意図を隠すつもりなど毛頭ありません。
ただ、無明を認めず邪見で物事を見るために、仏の伝えたいことがおおい隠されてしまうのです。

最後に、

 シルバーバーチは語る、霊界側から見た戦争より抜粋
真理(仏の法則)の導くところならどこへでもついて行き、間違っていることは、それがいかに古くから大事にされてきているものであっても、潔く拒絶する用意が出来ていなければなりません。

本日は、ボリュームがありましたね。大変お疲れ様でした。ヾ(*´∀`*)ノ


(良い結果を刈り取るために、ときには困難や迫害に耐えることも必要です。臨機応変に行きましょう。)
(4)に隠された意図を読み取れましたでしょうか。(*´ω`*)b












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No title

おじゃまします(久々)。あけましておめでとうございます。かなり遅くなりましたが。

>>(1) 相手の自由意思を尊重してあげることです。
>>(2) 周りに大切な人がいないのであれば、知り得たことを心に留めて公言しないことです。
>>(3) 周りに大切な人がいる場合は、エサをまいて相手の状態を観察しましょう。

なんというか、こうしてみると、やっぱり手を施す必要もなく自然と分かるものってことなんでしょうか。
たしかこち亀に
「高度なヲタクはもはや語りつくしているため、分かる人にだけ分かるネタを小出しにして度合いを測る。あまり多くを語らない」
みたいな話がありましたけど、なんとなく似てますね。

初詣にももう当初の初詣的な意味合いはあんまりないような気がするんですが(当初の初詣的な意味合いはよくわからないが)、それでも乗っかってると勢力は途絶えないからダメ…なんですかね。
「(暇だしどうせ遊ぶんだろうし)行きたい。でも…」みたいな、さじ加減がなかなか難しいですね。

Re: No title(めのうさん)

新年の挨拶を今頃するところが、めのうさんらしくていいですね。
周りに合わせるときは合わせて、必要以上に習慣にこだわらない柔軟な生き方のできる人は、余計な悩みをつくることが少ないです。
「周りは得な性格だね。」と言うかもしれませんが、過去に良い地を造り魂を進化させてきたので、今のめのうさんがあります。そして今また、若いうちから良い地を造る続きができるのです。

困難や迫害を避ける方法については、残念ながら自然と分かってもらえないのが人間界です。相手に知ってもらうには言葉で伝える必要があります。
こち亀の「ネタを小出しにして度合いを測る。あまり多くを語らない」はピッタリのセリフですね。これらのことを意識して話せるのであれば優秀です。
ただ、オタクネタの分からない人にも分かるように教えて、その楽しさを分かってもらわなければなりません。そうすることで周りも次第に高度なオタクとなります。

初詣については、参拝のついでにそのまま遊ぶという流れはよくありますね。また周りに合わせなければならない時もあるでしょう。
そのような時のために、参拝の危険性をブログで先に伝えておくことで、魂への悪い影響を最小限に抑えられます。

過去のコメントへの返答に人の祈りには霊力が具わっていると述べたことがありましたが、間違った信仰対象へ何度も思念をおくる行為を繰り返すことで、自ら作り出す神様の概念と次第に深く結びついていきます。一言でいえば「魂が束縛される」です。
特に、真面目で信仰心のある人々ほど強く束縛される傾向にあります。また参拝の頻度や宗教行為に費やした時間なども影響します。
例えば、信仰者に「お守りをハサミで切ってください。」「神札を破り捨ててください。」などというとわざわいや罰が当たるのではないかという強い恐怖心が生じる場合、その方の魂は危険な状態にあります。

このような人は、死後に地縛(自縛)して自ら作り出す夢の中を彷徨うことになります。霊界での生命活動には人間界の神社参拝は全く必要のない行為にもかかわらず、夢の中で元旦が来るとそのようなことをしてしまいます。また、お守り・神札・破魔矢等に利益(りやく)の効力があると信じている考えも生前と変わりません。
そのため魂を束縛された程度にもよりますが、夢から覚めるまで何百年ものあいだ同じことが繰り返されます。
ようやく夢から覚めると人間界で積んだ善悪の結果と向き合うことになります。
この時、魂の束縛により人間界でやらなければならなかったことが何もできていなかったこと、してはならないことをしてきたことを知ることになり多くの後悔をすることになります。

例えば、悩みを解決する手段として無意味な神頼みに頼ることで、正しく自分と向き合えず魂の進化の機会を失うことです。
この他にも各々の境遇により一概には語れませんが、無意味な神頼みが縁となり、次第に正しく物事を見ることができなくなります。そのため理解・判断・行動に影響を及ぼし、未来に悪い結果を得ることになります。
言い換えれば、祈りは魂の本質に影響を与え変えてしまう行為なので、祈る対象を誤ることは非常に恐ろしく未来は暗いものとなります。
また、たとえ一時的に良い結果が得られたように感じても、それは更なる悪い結果を生む前兆となります。
なぜなら宇宙の自然法則に逆らう祈りだからです。

人間界に生まれた以上、苦難の無い人はいません。
その時になり、何の根拠もない間違った知識の上に築かれた、ただそう信じているというだけの信仰は、苦難の嵐に遭えばひとたまりもなく崩れてしまいます。
このブログで述べることは、宇宙の自然法則を土台とした不変の知識の上に築かれた信仰に繋がります。仏の神髄のことです。
確固たる根拠のある信仰はどんなに厳しい苦難の嵐でも揺らぐことはありません。

めのうさんは、砂の上に家を建てますか?それとも岩の上に家を建てますか?

ブログを読み素直に聞き受け入れる方々は、激しい嵐にも揺るがない岩の上に家を建て始めているのです。(*´ω`*)b

お寺にも

ふと思ったのですが、神社だけでなく、お寺にも賽銭箱を設けているお寺ありますよね。
お守りやお札なんかも販売しています。

そういうお寺も神社と一緒の部類ですか?

墓地があるお寺とはまた違った存在ですか?

Re: お寺にも(ななまるさん)

神仏習合のなごりです。
始めたのは道教で、神社と仏教で互いに副収入を得るために販売する物をつくり競い合ったのです。

賽銭箱を設けていたり、お守りやお札を販売しているのは、正しい仏の教えを何も知らない証拠です。
仏の教えとは、因果の道理を説いた教えなので「お守りやお札にどうして利益の効力があるのですか?」と聞かれたら、必ず経典の中から「原因がこうであるから、結果として利益の効力があるのです。」と説明できなければなりません。

もちろん、経典の中に「お守りやお札については、このように作って販売しなさい。」などと説いているところはありません。
どんなに歴史が長かろうが立派な寺構えでも仏教の仮面をかぶった宗教ビジネスです。
何の得もないですから近づかないことです。

コメントのお返事で「葬式仏教は汚れた鏡で、そこへ薄く積もるホコリが神社信仰」と書きましたが、この例えでは鏡を磨けば元に戻ると勘違いしてしまうので、壊れた鏡に訂正します。=≡Σ((( っ゚∀゚)っミスった

何のために

私の誕生はどなたの命(めい)だったのでしょうか
わたしは何をもってこの命に報いたらいいのでしょうか
チャンスは誰にでもではなく
常日頃から準備を怠らないない者に与えられる、
これは身をもって何度も味わいました
不思議と何者かに背中を押され、
ときには『するな!』と袖を引かれます。
今朝はじめに『ふと』貴ブログを開けました
家人は毎日訪問をさせて頂いておりますが
わたしはたまにです。
勉強をさせていただいております。
またの投稿も楽しみではありますが
過去の記事まだまだ遡りたいと思います、
いつもありがとうございます。

Re: 何のために(ウナさん)

誰の命(めい)かと申しますと、ウナさんに仏性を賦与(ふよ)された宇宙の仏からの命となります。
賦与された霊は、物的媒体に宿るまでは自我を発現できないため、地上に産まれたことは魂を進化させるための貴重なチャンスとなります。
物的媒体に宿るとは、たとえば霊的進化が未熟であれば虫や魚などの身に宿り、その進化がすすむにつれて自我意識を多く発現できる哺乳動物の身に宿ることになります。
地上では人間が一ばん進化していますが、さらに進化した霊であれば他の天体のさらに進化した人間的存在に宿ることもあります。
言いかえれば、ウナさんの魂の状態が、今の時代の人間に宿るだけの進化を果たしていたので、地上で生活するチャンスを仏よりいただけたことになります。

何をもってこの命に報いたらよいかと申しますと、地上生活を通じて魂を向上進化させ、仏界に戻ることが何よりの報いとなります。
そのため、ウナさんの背中を押し、ときには『するな!』と袖を引き指導する霊もともに仏から遣わされております。
今の時代の人々は、精神へ語りかける霊に耳をかたむけられるほど霊的に進化した人間は少ないため、指導している霊たちは非常に困難な使命となっておられることでしょう。

このブログに訪れる方の中には、知らずに指導霊に導かれてきた方も少なくありません。
指導霊は、記事全体に述べられていることが霊界からの指導の代弁であり、地上の財宝をかきあつめても交換できない価値あるものをたずさえていることを知っています。

このように書くと相手により誤解をまねくといけませんので付け加えますが、記事を書いているマグナムは特別で・立派で・すごい・偉いなどということではありません。
日本にはマグナムよりずっと仏の智慧と叡智を獲得した者たちがおり、その者たちがネット上から発信しようと思えばいくらでも可能なのです。
ただそうする必要がなくネット上で公言するには重要すぎる内容については、実生活でかかわる縁のある人々へ直接お伝えしています。こちらの方がずっと難しく大変なのです。
そうした時に、まったく価値のない不幸の知識なのか、はたまた仏界に戻るために絶対不可欠な知識なのかを見極めるための土台作りをしていただているところです。
常日頃から準備を怠らない者には、さらなる向上するための学びの道が与えられ謙虚に受け入れる者は未来にさらに良い成果が得られます。
重要すぎる内容とは、地上だけでなく天界の財宝をかきあつめても交換できない価値あるものです。

仏の神髄を知り、仏の智慧と叡智を獲得していく中で、ブログに書かれていることが特別なことではなく、リンゴの木からリンゴがなるように当たり前のことだったのだと理解できる時がまいります。

ウナさんもハシビロコウさんも、ここに集まるすべての方々が仏界へ戻れるように、開示の許されるギリギリまで書いていくつもりです。
そしてマグナムの願いが実を結ぶとき、金色(こんじき)に光りかがやく愛に満たされた清浄な大気に包まれる、広大な美しい大自然に造られた園林の好きなところに腰かけて、みんなで霊妙な天の音楽を聴くのです。
壮大なスケールで奏でられる天楽により否応なく魂が高揚し、美しい水晶のイスは腰かけている方の魂の状態から基調とする色が決まり、それを中心にさまざまな色彩が絶妙に混ざりあい美しく光りかがやき始めます。
庭園のまわりを囲むようにデザインされた扇状に大きく広がる美しい花畑と木々も天楽にあわせ一層さまざまな色彩の光輝を増していき、優れた妙(たえ)なる香りを天楽にのせて心を楽しませ、まるで花と木が親しみを込めてこちらへ微笑んでいるようです。
また、天楽を聴いてざまざまな光りかがやく色彩でかざった鳥たちが、それに合わせて妙なる声で歌いおどり集まってきます。そして次第に天楽を聴いた鳥たちのからだは金色の光輝に変化し始めます。
みなさんは・・・非常に若々しく生命力にあふれ、さらに美しいです。美しく光りかがやく天衣と各々の霊格を象徴する宝石でかざり優れた美しさと優雅な容姿を威徳の光明が包み何とも例えようもなければ表現のしようもありません。
威厳・・・しかし慈悲から発する愛に満ちあふれ、みなさん優しい笑みを浮かべておられるので、ついつい近寄りたくなります。

〝知識と叡智にあふれていながらも完成された幼子のような純真な美しさとでも表現すべきでしょうか・・・。 〟

霊妙な天楽と光りかがやく美しい色彩と優れた妙なる香りが渾然一体となり、もしその境界にそぐわない者がその場にいれば、あまりの荘厳極まる雰囲気と素晴らしさに衝撃をうけて気を失うことでしょう。

おとぎ話のようですが、誰もが魂の内奥に具わっています。
この話は天界の境界で受ける楽しみの一分であり、さらにずっと内奥には仏界があります。
高次元の天界に住む天衆にも仏界がどのようなところで、どこにあるかも分かりません。
分かるのは仏の住処(すみか)を知る諸々の仏のみであり、最後は仏に手を引いてもらわなければたどり着くことは叶いません。

人類の大半の人々は誰でも通れる大きな門をくぐり霊界に戻るのです。ここに集まる方々には立ちはだかる次第に狭くなる門を次々とくぐり抜け仏の道へとつながる門をさらにくぐり抜けてほしいと願っています。
大きな門とは一度入ったら容易にでられない三悪道以下の大きく口を開けている門のことです。

みんなで一緒に天楽を聴きたいですね。(*´ω`*)

拙文へのコメントへのお礼です

「何のために」にお応えいただきました
ありがとうございました。
毎日繰り返し読んでおります
不思議な事に読むたびに受け取りかたが変わります。
結果として
コンビニのレジや高速道の料金所などで待たされても、
『イラッ』としなくなりました。
笑ってしまいました、
今朝「お応え」を読んでいて「ふと」、
「そういえば」と浮かんできたのです。
明日の朝が楽しみです。
ありがとうございました。

Re: 拙文へのコメントへのお礼です(ウナさん)

兜率天で仏(宇宙の自然法則)の教えが楽しいと感じた天衆の光明が増していくお話をしましたが、このブログを読まれている方々の中には知らず知らずのうちに少しずつ光明が増している方がいます。
その一方で、日々の生活が魂の向上のための修行の場とはなかなか見ることが出来ず、理性に照らした勇気ある決断が出来ないでいます。

全ての原因は、不幸の知識を広める宗教にありますが、その影響を受ければ間違った死生観がつくられていき、必然的に来世観も狂い出し、確固たる目的を失う結果となります。
また、魂の内奥の仏性にたどり着く方法を明確に示すことができないため、魂の成長とともに学ぶ叡智の獲得がおろそかになります。そのため、みずからが肉体に宿る霊だと霊的に感じ取ることが出来ず、物的なものばかりにとらわれ一生を終えてしまいます。

そうして、ほんのり灯る薄暗い霊たちは、偏見・悪癖・性癖・獣性・邪悪性などを色濃く残したまま似合いの薄暗い世界へおもむくことになります。多様な叡智で満たされていく天界の光明の強さはみずからの偏見やさまざまな穢れと不足を際立たせるため迷惑でしかないのです。

実際に、このブログの文章を嫌い怒りさえ覚える人もいます。その代表が偏見だらけの宗教指導者とそれに従う者たちですが、みずからの手で目をおおい、道端の石につまずき、くぼみに足を取られ、壁に頭を打ち、崖から落ちるようなものです。

今のところウナさんは大丈夫そうですが、
文章を読み進める中で光明が眩しすぎると感じたときは目を閉じ慣れてからゆっくりと開けて、あるいは精神に疲労を感じた時は雰囲気に慣れるまで休息をとりながら、良い時も悪い時も一歩また一歩と進みましょう。(*´ω`*)b
そうすることでみずからの光明が増していき、気兼ねなく栄光の光明の世界へおもむけるのです。

実生活で例えればさらに分かりやすいですが、長くなりますのでこのぐらいにしておきます。

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
プロフィール

マグナムやまと

Author:マグナムやまと
危険な宗教団体廃絶
無明から光明への道標

以下、向上心のある方向け

このブログはスピリチュアリスト、または特定の宗教団体に導くものではありません。

ネット上に氾濫する宗教・スピリチュアリズム・心の探求などの誤った情報を正していくことが目的である。

心と体の関係を正しく理解することで次第に悪因を作ることを止め、生老病死を恐れず、精神的豊かさを手に入れることを目指す。

精神的豊かさは、魂の成長を意味する。
魂の成長は、死後の世界を決める。
地上生活は原因、死後の世界は結果である。
善因を作るのも、悪因を作るのも己である。

神々も含め、誰であろうと原因結果の法則から絶対に逃れることは出来ない。

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