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六欲天 No.8 神道・神社信仰1

 化楽天の続きです。

 前回の記事から一か月半以上経過しましたが、皆さんどのようにお過ごしでしょうか?

 A:前回の記事を読んでから耽溺または執着している対象を少しずつ減らしている。

 B:減らしたいとは考えたが葛藤に負けて今のところ普段通りの生活を送っている。たぶんこれからも変わらず・・・

 C:葛藤すらせず今まで通り。

貴方はどのグループに当てはまりましたか?
円グラフで割合を表すと、このような感じでしょうか。
2:8の法則
仏の真髄を知らず流転するのであれば、Aグループの結果が一番良いことは明らかですが、皆さんはそうならないように読まれていますので、現状はどのグループに含まれても問題ありません。
ただ、一つだけここから悟ってほしいことがあります。
それは「良いことだと分かっていても、実践するのは難しく、たとえ実践したとしても継続するのは更に難しい。」ということです。

例えば「経典・聖書にはこのような素晴らしい教えがあります。云々」と言ったところで、聞いている側が実践しなくては無意味となります。
宗教・スピリチュアリズム・啓発等の素晴らしい教えや立派な言葉を並べただけで民度が向上し、人々が苦悩から救われ、平和な世の中が築かれていくのであれば、もっとマシな歴史が残っています。
歴史から教訓を学ばなければ、仮初の平和に何となく流され、同じような悲劇や貧困、国難や悲嘆を何度でも繰り返します。
人間界で多くの不幸の原因を作りあらゆる生命の命を一番奪っているのは、大量破壊兵器ではなく宇宙の自然法則に逆らう宗教です。

アパルトヘイト(人種隔離)政策撤廃
南アフリカ初の黒人大統領、ネルソン・マンデラ氏が残した名言から一つ
「生まれながらにして肌の色や出身や宗教を理由に他人を憎む人は誰もいない。憎しみは後から学ぶものであり、云々」
言い得て妙ですね。
アパルトヘイト(人種隔離)政策撤廃へと導く体験の中で悟られたのでしょう。

我々は親・宗教・教育等の様々な環境から影響を受けて思想が作られて行きます。
そして様々な物事に接するとき、思想を通じて感じ思考します。

例えば、神国日本に仏教が伝来され神仏習合という考え方が広まることにより、「神と仏は一緒である」と考える人々が増えていきます。このような考えが長い時間をかけて人々の間に定着すると「神仏は一緒」という思想が出来上がり一般常識となります。
一般常識になると、たとえ疑問に思うAさんがいたとして「神と仏は違うのではないだろうか・・・何より字が違うでしょ?」と言っても、Cさんが「そんなの一般常識だよ、そんな事も知らないの?」と言えばAさんに集団の圧力が働き同調してしまうきっかけとなります。
なぜ集団の圧力になるかと言いますと、常識とは大多数が認める考え方および当たり前に知っている事だからです。
また、Aさんは一般常識という一言で思想に影響を受け、新たに似たような状況下での意思決定や行動に影響を及ぼす可能性があります。
もちろん神仏習合は間違った考え方ですが、神仏習合思想に頑固にこだわる人々には受け入れることができません。
このような人々は受け入れる備えが出来るまでは、閉鎖的原始信仰と無始から変わらぬ生命の源である仏(宇宙の自然法則)信仰の違いが分からないのですからとても不憫に思います。

閉鎖的原始信仰については、ヤノマミ族を参考にお話ししましたがヤノマミとは人間という意味です。
宇宙の自然法則を垣間みる霊能者を中心とした小集団ですが、霊能者は全てを知ることはできないので未熟な思想が部族の仕来り・迷信等を作ります。
ヤノマミ族の社会では部族以外は人間と認めない思想なので、残念ながら我々は人間ではありません。
じゃ・・・(´・ω・`;)人間もどき?
詳しくは六欲天No.2の仕切り線下側を改めて読まれることをお勧めします。

神社信仰は、戦後の次第に安定していく環境の中でお守り・おみくじ・絵馬・神札・賽銭箱等の全く価値の無い物に価値を付けて利益を得ながら大きく成長し蔓延ってきましたが、始まりは霊能者を中心としたヤノマミ族と変わりません。
また、支那には道教という原始信仰があります。解籤(おみくじ)・護符(神札、お守り)・陽紅布台(絵馬)・功徳箱(賽銭箱)は日本人の発想ではありません。
五円の付いたお守りは五帝銭古銭守りからの発想で、道教の陰陽五行思想を応用した風水の影響を受けています。
神体の鏡ついては、歴史について考察するブログではないので興味のある方は「天皇大帝 道教 三種の神器」で検索しましょう。
最後に道教の抬轎(神輿)です。
道教と神道・神社信仰
いずれにせよ宇宙の自然法則に逆らっていることに変わりありません。

最初は一株の毒草も仏の恩恵に浴した豊かな大地と温和な気候で美しい花を咲かせて生い茂るのです。
毒草だらけの大地にするのも、刈るのもそこに住む人々が決めることです。

神社は「日本の伝統」「日本文化の象徴」等と考えている人々がいます。
神社への初詣の参拝やお祭りが好印象を作り、お守りやおみくじ等は安全・安心を得たり運勢を占うのに手軽で、参拝は欲望を願うのに安易で好都合です。
「みんながやっているから」「楽しいから」「神社の雰囲気が好きだから」「伝統文化でしょ」等と、このような環境が思想に影響を及ぼすことは避けられないことです。たとえ宗教だと分かっていても警戒心が薄れてしまう人もいるでしょう。

しかし、歴史から教訓を学ばなければなりません。
明治維新から政府の政策により成立した国家神道が繁栄した結果、どのようになりましたか?
1868年4月5日に神仏分離令、1870年2月3日に大教宣布(天皇は神、神道は国教で日本は政教一致の国家とする国家方針)により廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動がおこり、次第に国教化が進む中で、国家権力により信教の自由を奪われ国民に天皇を神として崇拝させるだけでなく神社信仰を義務づけ、邪(よこしま)な教化進行度(マインドコントロール)の歩調に合わせて日清・日露・第一次・日中・第二次世界大戦と大戦争への恐ろしい布石とも知らずに、まるで鼻づらに人参をぶら下げられた馬のように誘導されて行きます。その結果、追いつめられて太平洋戦争に突入し、多くの命が奪い奪われたことを忘れてはなりません。
廃仏毀釈とは、「釈迦の教えを壊(毀)し、仏を廃する」という意味です。
地上での最大の罪は何か覚えていますか?正にこれです。
宇宙の自然法則に逆らう宗教は、迷信や人間に都合の良い考えが付加される等の危険で未熟な教義なので、おのずとそのような思想の者達を生み出します。
そして権力側に浸透したとき、わずかな人間が大多数の人々の人権と自由を奪い、社会的混乱から様々な事件が引き起こされ、内部分裂および最悪の結果は戦争により多くの命が奪われます。
日本人が多くの犠牲の上に取り戻し獲得した重大な成果は、「天皇人間宣言、神道指令により国家神道が解体へ向かった事、政教分離、信教の自由」です。

また神様を拝んでいるのに「神道は宗教ではない」(神社非宗教論)という可笑しな考えがあります。
これは信教の自由に違反することなく神道・神社を他宗派の上位に位置づけ、国家神道の国教化を進めるために都合良く考え出された明治政府の詭弁です。
筋道の通る教義は無く、どこに向かって拝んでいるのかも全く分かりませんが、拝んでいるのですから宇宙の自然法則に逆らう立派な明治政府公認の新興宗教です。

「宗教やってる奴は総じてアホ」「宗教はビジネス」「宗教は甘え」「宗教は総じて糞」「カルト宗教ってキモい」「無宗教が一番」等と似たような考えを持っている人々の中には、豪快に巨大ブーメランが頭に突き刺さるか、顔面を直撃している人がいるかもしれませんね。

マインドコントロールにかかりやすい人ってどんな人だと思いますか?



「自分だけは大丈夫」と思っている人です。

環境にマインドコントロールされるとは、生活の中で様々な環境が思想に影響を及ぼし、強制せずとも、さも自分の意思で選択したかのようにある結論に誘導されてしまうことです。
深いマインドコントロールから覚める瞬間とは、夢から覚めて夢だと分かるようなものなのです。

近い未来には、神道・神社思想に影響された愚かな者がこのように言いますよ。
「日本人なのに参拝の作法も知らないの?二拝二拍手一拝ぐらいは日本人の礼儀として覚えているのが当然の義務だよ!」
「日本人なのに」「日本人の礼儀として」が集団の圧力として働きます。
作法を誰が考えたかはどうでも良いことですが、そのような行為で己の魂を自ら束縛するきっかけとなっても、それで神々が何とかしてくれるような都合の良い法則は地球にも宇宙にもありません。

また、仏に従う神々が宇宙の自然法則に逆らって人々の自由意思に干渉しないことは既に述べたとおりです。
もし、神々が悩みを代わりに解決したり、病気の苦痛を肩代わりしてくれるのであれば非常に有り難いことですが、そのような事をしたら教訓を学ぶ機会がなくなります。
苦難もなければお金の心配もない安楽の人生なら、そこには向上がなく堕落しかありません。
やりたい放題の人生を送り、夢まぼろしの幸せを追い求めた魂には、必ず過酷な体験を通して教訓を学ぶ機会が与えられるのです。それが宇宙の自然法則です。

神道・神社思想の影響を受けたように、仏教思想の影響を受けない人もいません。
日本語に着目すれば、諸行無常・因果応報・輪廻・四苦八苦・因縁・供養・人間・鬼畜・意識・葛藤・煩悩・妄想・不思議・愚痴・貪欲・外道・悪口・差別・平等・安心・愛・慈悲など多くの仏教用語を思慮せずとも自由自在に自然と使えます。参考までに思慮と自由自在と自然も仏教用語です。
置かれた境遇の違いにより理解・浸透・信仰心の程度に差はありますが、日本人は様々な物事に接するとき、特に意識することなく仏教思想を通じて感じ思考することができるのです。これはとても凄いことで、仏の教えをそのまま感じ受け止められることも含め、皆さんの福徳の一つです。
ただし断っておきますが、ニセ仏教は釈迦の教えを全く守っていないので注意が必要であり、生活の中で獲得した仏教思想とニセ仏教信仰を混同してはなりません。

化楽天の続きを書く予定でしたが、前置きがだいぶ長くなりましたので本筋は次回にします。

最後に、現役?の神主が神社の裏世界を暴露されていましたので掲載します。
「神主だけど、神社の世界ゴミクズ多すぎてワロエナイ・・・・・・」
次回、このお話について少し触れます。先に各々で色々感じていただければ幸いです。

それでは、お疲れ様でした。(*´∇`*)
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No title

更新お疲れ様です(^^)
Aと言いたいところですがBでしょうかね…物欲は結構減ったと思うのですが執着は…あります(^▽^;)コーヒーや甘いの減らせてないし…

今回の記事は結構考えさせられました。
やはり本来のあるべき姿からどんどん離れていって日本精神が廃れていったのは明治開国がきっかけだったのは間違いないですし…。ただ、白人から自衛しなければ他国に支配され、日本民族が南米のように混血が進み跡形もなく消え去るとまでは言わないものの殺され破壊されつくされたのは間違いなかったでしょうから。明治時代が精神の下落の一途をたどったのは同感ですが、(とはいっても現在よりずっといい)では列強の時代、当時一体他にどうすればよかったのだろうか?と自分でもよく考えます。

神主の暴露すごくおもしろかったです。
しかし、こういうのを見るたびに悲しくなりますね(-_-;ウーン
現在日本の低落ぶりはあまりにあちこちに見られ無力感にさいなまれます。

誤解されているかもしれませんので聞いて頂きたいことがひとつあります。
明治、戦後の神道についてマグナムさんのご指摘をうけてなるほどと思いました。(それでも日本人としてショックでしたが)
しかし、いつ建立されたらわからないくらい古代からある神社はたくさんあります。漢字文化が流入するまでの縄文時代の神社は現在の神道とは全く違うものでヤマノミ族等のシャーマニズムと混同してはならないと思います。
これは学校で習っていないのはもちろん、ほとんどの方がご存知ないかもしれないので仕方がないのですが、日本人の起源は1万年以上も貧富の差もなく平和を愛して過ごした縄文人であり、漢字には仏教の伝来という良さはあるものの縄文信仰は漢字文化(大陸文化)の流入のため歪められてしまいました。
古事記や日本書紀もかなり歴史が書き換えられたり歪められているらしいです。
この日本という環境で生きていけるありがたさは長い長い縄文時代のあいだに培われた日本人独特の性質にあると思います。

以下のサイトに一度目を通していただけたら嬉しいです。
びーちぇの「ヲシテのクニ」
http://julian.way-nifty.com/woshite/2009/08/post-db86.html

また、「よみがえる日本語」明治書院 より

古代、縄文の方々は、アメミヲヤが宇宙を作ったとの概念がおありでした。 
全宇宙の大きさを一周100万トメヂであるのに対してアメミヲヤの大きさが800万トメヂ(1トメヂ:地球の外周の365分の1)ということから、アメミヲヤを宇宙を超える存在と認識しておられたようです。
アメミヲヤには人格が無く、何かを祈願する対象とはしていませんでした。 
ただ一つ、往き来のミチ(生死往還)を祈る存在ととらえておられました。 

参照
http://matoca-8000.iza.ne.jp/blog/entry/3087615/

これらはヲシテ文字より明らかにされたもので、ヲシテ文字は本物です。
元来(縄文時代)の日本のかみは、仏の自然法則とは違うかもしれませんが、シャーマニズムとも違うと思うのでもしご存じなければと思って書かせてもらいました。

今回エントリーの現在日本の神社信仰の記事、考えると頭の中ががグルグル回っています。正月の神社参拝、しなきゃ変に思われるしどうしようかなぁ
貴ブログのコメント欄なのに長々と申し訳ありませんでした
ご理解いただけたら嬉しいです(o^∇^o)ノ

Re: No title(koronさん)

欲を減らす努力をなさっているのですから立派です。(*´ω`*)b

まずは、列強の時代、一体他にどうすればよかったのだろうか?についてお話しします。
今回の記事は明治時代からの一部分を切り取って示しましたが、いきなり国家神道が成立した訳ではなく、その前から神社信仰が民衆の間に広がり次第に権力側に浸透して勢力を増した結果です。
日本が諸外国から攻められ大戦争に至るまでの原因の積み重ねは、明治維新以前から始まっていました。
「地上で生み出される不幸の原因は、宇宙の自然法則が素直に守られていないという、ただ一点に尽きることを悟るようになる。」というお話をしたように、この答えはすでに出ています。

’神社信仰が不幸の根本原因と知り、国民がすぐに止めれば良かったのです。’

しかし、環境にマインドコントロールされている人々の目を覚ますことは容易ではありません。
釈迦の時代にも六師外道と言い、他に思想が無かった訳ではなく、人々の目を覚ますために様々な仏の教えが説かれました。
重要な点を見逃してしまいがちですが、人々が仏(宇宙の自然法則)に従って生活をしているのであれば、そもそも攻められることも無く争う必要も無いのです。

次はシャーマニズムについてお話しします。
宇宙の自然法則をどれだけ詳細に説くことができるかは、霊能者の能力一つで決まります。
霊能力が優れていれば優れた教えとなり、霊能力が劣れば未熟な教えとなります。
但し、釈迦は霊能者ではありません。霊能力により宇宙の自然法則を垣間見る事と悟りは違います。
日本は仏の教えが説かれる最後の地となるので、教えが伝えれられるまでに人々が受け入れるだけの器を神々が先導して準備していただけのことです。
日本人の起源は1万年以上ですが、仏(宇宙の自然法則)の起源は無始からです。
縄文時代の霊能者が宇宙の自然法則をアメミヲヤと名付けたのであれば、それも良いでしょう。
ただ、宇宙の自然法則の全てを説いた釈迦が仏と名付けたのですから受け止める備えのある方は仏と覚えれば宜しいです。
様々な時代に説かれた宗教思想に共通点があるのは、各々の霊能者が時代の人々の状態に合わせて準備され宇宙の自然法則を説いてきたからです。
また、霊能力の優劣により説かれる教えの優劣がありますので、今の時代の人々はどこを学べば良いのか知らなければなりません。
縄文信仰でしょうか?道教でしょうか?神社信仰でしょうか?

ピラミッドの支えとなる下側や途中の壊れた石を眺めるのも良いでしょうが、頂点の石を知り素晴らしい絶景を上から眺めることもできるのですから、マグナムは頂点をお勧めしているのです。
ピラミッドを支える石とは宇宙の自然法則の教え、一つ一つであり、頂点の石とは仏の神髄です。
教えは思想を作ります。人々の思想は環境を作ります。
未来の人々に大量破壊兵器より恐ろしい思想を残す残さないを決めるのはそこに住む人々です。

最後に、シルバーバーチの霊訓―地上人類への最高の福音より。

「筋の通らぬ勝手な訓えを説く宗教家は、動機がどうあろうと、人類とその文明に大きな障害を築いていくことになり、罪を犯していることになるのです。」

訓えを説くばかりが罪の全てではありません。
正月の神社参拝、お守り、おみくじ等の収入源が神社を栄えさせ、神社の宗教行事に参加することで人々の思想に良い事だと思わせる影響を与えることは、人類とその文明に大きな障害を築いていくことになるのです。

マグナムはkoronさんの自由意思を尊重しますので強制は致しませんが、自由には責任があることも付け加えておきます。

No title

さっそくのお返事ありがとうございます(^^)/

ヤマノミ族と神道が同列だったのがちょっとつらく、神道はいいとしても縄文信仰は違うと言いたかっただけです(^^;)
宇宙の法則が当然最上ですね

教えが伝えれられるまでに人々が受け入れるだけの器を神々が先導して準備していただけのことです。

↑これはありがたいと思いました。

それにしても今と比べて道徳心の優れた先人の方々でさえ大災難をまねいたとは!今の時代の人々の不信心や乱れた世の中、どんな恐ろしいことが起こることかllllll(-_-;)llllll
確かに、現在必要なのは神社信仰ではなくて仏の教えであり、しかも早急に必要なのでしょうね。

私自身熱心な神道信者ではなく、ごく一般的な日本人ですが
初詣や七五三など生活に浸透し、日本の歴史そのものである神道を急に否定するのはなかなか難しく悩むところです。

未熟な私はマグナムさんの記事を何度も読まないと消化できないので
頭では理解できてると思いますが、もうちょっとゆっくり考えたいと思います。
ありがとうございました。

Re: No title(koronさん)

ヤマノミ族の思想が作る文明と縄文人の思想が作る文明を同列に扱われるのが嫌だという気持ちは、もちろん伝わっていましたよ。(*´ω`*)
しかし、文明を作る思想の元である霊能者が説く教えについては、優劣はありますが始まりは同じだということを、はっきりと示す必要があった事とkoronさん以外の読み手にも分かりやすく説明する意図もありました。

シルバーバーチは語る、キリスト教のどこが間違っているのかより。
「真理(仏の法則)の指し示す所へは臆することなく突き進み、間違いと分かったものは、たとえ何千年ものあいだ金科玉条として大切にされてきているものでも、潔く捨て去る勇気がなくてはなりません。」

仏の教えを受け入れるために準備された器ですから、受け終えたら潔く捨て去らなければなりません。
しかし、いつの時代にも素直に受け入れられず古臭い教えに頑迷にこだわり続け、自らの信仰を正当化するために優れた教えを罵り貶めるだけにとどまらず都合の良い考えを付加して次の世代に伝えるのです。
それが人類とその文明に大きな障害になることに気付けなかったので’日本の歴史そのもの’とまでなりましたが・・・悩みますね。

これから更に光明へ導くための記事を書いていくにつれ、その都度気付くことがあると思います。
マグナムが今お伝えしたいのは、永遠の生命から見れば日本の歴史は一時の出来事でしかなく、人間界に生まれた目的は魂の成長のためであり、魂の成長は死後の世界の行き先を決めるということです。
寿命が尽きれば、神社参拝を一緒にしていた人々が助けてくれる訳でもなく、参拝する人々と何も変わらない神主も巫女も当然何もしてくれません。また幾ら参拝しても魂の束縛による下降と魂の病にかかるだけで成長することはありません。
「自分の積んだ原因の責任は、自分が取らなければならない。」これが宇宙の自然法則です。
周りの人々に惑わされ後悔しないよう、正見を磨きましょう。(*´∇`*)b

No title

こんにちわ!
マグナムさんのところにお邪魔するようになって
色々なことを考えるようになりました。
が、難解で私の頭では理解できないことも多く(汗)
以前ほどではありませんが、まだ物欲を
捨てきることが出来ませんし・・・

あっという間に大晦日が来てしまいましたが
マグナムさんにとって
来年が良い年でありますよう願っていますi-178

Re: No title(アクアマリンちゃん)

去年の大晦日に言葉を交わしてから、もうすぐ一年が経つのですね。
今年の大晦日も変わらずにお話しできたことが嬉しいです。(*´ω`*)

アクアマリンちゃんの先祖供養を尊く感じていました。
直接お話しは出来なくとも、温かい祈りの便りを受けてお喜びになっていることでしょう。
その尊い心をそのままに、仏の神髄へと導かれる機会が訪れることを願っています。

我々は原因を作り出す世界に生活しているので、自らの結果の世界だけでなく御先祖様の結果の世界さえも変える貴重な可能性を秘めています。
ブログ記事をまだ全て書き終えていませんが、書き終えるとき、深い仏の教えを聞くための耳が育てられ、正しく受け止められる備えも出来ていることと思います。御先祖様に貴重な贈り物が出来るように正見を磨きましょう。

来年もよろしくお願いします。

一人一人が幸せになり日本にさらなる平和が広がり、
その恩恵が世界に広がることを願って来年を迎えたいと思います。ヾ(*´∀`*)ノ

No title

新年あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。

神主の暴露話面白かったです。
神様に仕えてても「やっぱり人間なんだなぁ」と、しみじみ思いました。

Re: No title(ysさん)

あけましておめでとうございます。
こちらこそ今年も宜しくお願いします。
新年から温かい挨拶をいただけて本当にマグナムは嬉しいですよ。

「やっぱり人間なんだなぁ」、うんうん正にこれですね。
一般の人々と何も変わらないのに、’カミのヌシ’なんて偉そうな名前がついていますが、霊的知識・叡智は全くなく、誰も救えず、周りに不幸をばらまいていることを知りません。
死後には、自分との縁により不幸にした人々、そして神社信仰が続く限り未来の人々までもの苦悩・苦痛の一切を己の魂で受けるのですから、まさに阿鼻地獄というに相応しいでしょう。
霊的知識・叡智がある者なら、その行為の恐ろしさを重々承知しているので、いの一番に辞めますね。

去年は忙しくてゲームは一つも出来ず、アニメもあまり観れませんでした。
今年は時間ができたらいいなぁなんて淡い期待をしています。(*´∇`*)v

No title

マグナムさん、はじめまして。
9月頃からこのブログを知り、勉強させていただいております。
毎日、これでいいのか?と思いながら過ごす日々です^^
今日は祝日です。そこで、迷うことがあり投稿いたしました。
東北関東大震災以後、政治に興味をもち、ダメになっていく日本をどうにかしたいと思うようになりました。かといって、何か活動しているわけではありませんが、国旗掲揚を去年末からしています。
マグナムさんのブログに出会って、国家神道により配られた国旗を掲揚することが国旗掲揚の習慣だったことを知りました。ということは、今国旗を揚げることは、国家神道に繋がってしまうのでしょうか?
今は、そういう意味ではなく、単に祝日に日本が好きでよい日本になることを望むことの行為だとしてもやはり、内々では神道に繋がってしまうのかなと。。。
心では、すでにそう思っているので、そうですよと背中を押してほしいだけなんだと思います。
すみません^^;
天皇制についてもいろいろ考えます。悪い実が成ってる気がします。
子供に明るい将来を残したいです。
よろしくお願いいたします。

Re: No title(果成さん)

国旗を掲げることは、国家神道に繋がってしまうのかという問いについてですが、
この習慣には神道と国旗が一つであるかのように思わせる印象操作(環境によるマインドコントロール)があります。
しかし、国旗はこの新興宗教だけの物では無く、全国民の物です。
信者でなければ宗教行事とは無縁の行為となり、信者であれば宗教行事となります。
その行為をする本人の心がどうであるかが重要であり、同じ行為に見えても全く違い、おのずと結果も変わります。

原始の日本は自然を崇拝する太陽信仰を中心に歴史が作られてきたことは皆の知るところです。それは、仏の教えを人々が受け入れるための器(思想)であり、仏の象徴である太陽は東から昇り、西の国々を照らして行くことは、仏の光明(教え)が東から西の国々を照らして行く(説かれ広がる)ことを意味しています。
しかし、ここで〝太陽信仰が仏の教えを受け入れる器であること〟〝太陽は仏の象徴であること〟を今も昔も多くの人々は聞く機会がないために知らずか正しく聞けずに、すでに役目を終えた不必要な器が残ってしまいました。

そのため国家神道という明治政府が考えた新興宗教に取り込まれ、神社参拝・七五三参り・お守り購入・神札貼り付け等々の無意味な宗教行為を善い事だと思い込み続けています。
ここでの無意味とは、それを続けても利益(魂の成長)は一切なく、自らに災いを呼び込むだけにとどまらず、周りの人々、さらに国にも及ぶということです。

このようにお話ししても、深い無明のために暗闇が光明に見えてしまう方もいますが、聞けるか否かにかかわらず忠告はします。
正しく聞けなかった方が悲惨な境遇に置かれた時に、言い訳や「何で知っていたのに教えなかったのか」と言われたら返す言葉が無いからです。

悪い行為を積み重ねた先にある悲惨な結果は、テコの原理と同じで、支点から遠ざかるほど小さな力で重い物を動かすことが出来るように、いつかはその間違いを思い知り、そこから教訓を学ぶことになります。

しかし、自然災害・疫病・戦争等で多くの命が失われてから間違いに気づくよりも、いま聞く耳のある人々が正していくことで子供たちに明るい将来を残したほうが宜しいのではないでしょうか。

『悪い実が成らぬようにするには、悪い木に栄養を与えないことです。』

また、国旗が日の丸になったことには深い意味があります。
未来には仏の神髄を知る人々が増え、その者たちは仏の象徴である太陽を常に心に掲げ、まだ知らぬ国の人々へと教えを説き広め、それが完成へと近づくにつれ〝世界平和を象徴する国旗〟となるのです。

天皇制については、絶対の自然法則により敗戦国となった日本は天皇象徴制・国家神道解体・政教分離・信教の自由・憲法第9条等々、必ず間違いは正されます。
正された後の天皇象徴制は国民の心をまとめる拠りどころとなり、日本を支える重要な役割を果たしています。また周りには見えないさまざまな苦労もあることと思います。
責任あるお立場を務めていただいていることに感謝していくことが大切です。

※ただし、重要な役割、責任あるお立場と述べたように、一つ一つの行為の責任は非常に重く、同じことを繰り返せば国に災いを呼び込み悲惨な結果を招きます。

長くなりましたが以上となります。

No title

マグナムさんこんにちは。
お返事に気づくのが遅くなりお礼も遅くなってしまいました。m(__)m
丁寧なお返事、ありがとうございました!

あれから2か月ほど経ち、その間にもいろいろありました。
子供(中学生)に、因果応報のことや、死後のこと、参拝意味がないこともタイミングがあってちらっと話をしたりしています。
話すタイミングがあるということがすごいなと思いながら、そのときはさらっと話しています。

年始の初詣がどうなるか、難しい状況です。
主人には言ってみましたが、話が通らなかったので・・・。ただ、行くとしても地域の小さな神社にと。。

今年もあと1日ですね。
マグナムさんにとって来年が充実した一年になりますように、願っております。
私もひとづずつできることからがんばります。
よいお年をお迎えください。


Re: No title

果成さん、明けましておめでとうございます。
こちらこそ、すぐに返事ができず申し訳なかったです。

親から子へ貴重なプレゼントをされたこと、嬉しく思います。

マグナムは、思想に影響を与えるのではなく、魂に直接影響を与え善い方向へと変えて行く(仏に近づく)方法を知っています。
この貴重なプレゼントには鍵が掛かっているために、箱を開けて中身を確認することができません。
それを持って時と場所をえらばず人々の目前にさしだしている者たちがいますが、残念ながら鍵が無いために開けることができずにいます。

実は鍵があることも説明し、共にさしだしているのですが・・・

聞いているようで聞いておらず、見ているようで見ていないために、箱が開かないと腹を立てて突き返すのです。

子供が喜ぶ顔を見ることは嬉しいことですが、物をプレゼントすることだけがすべてではありません。
目には見えませんが、宇宙の自然法則にしたがった善い知識のプレゼントもあります。
これからも機会を見つけてプレゼントしてあげると幸いです。
そうした積み重ねが鍵に気づくきっかけとなり、箱を突き返す人々があふれる中、それを受け取り中身を確認することができるかもしれません。
もし果成さんが気づかないとしても、今度は子供がプレゼントしてくれるでしょう。

物から得た喜びは次第にうすれ忘れていきますが、箱の中身は永遠とつづく生命活動の中でもうすれ忘れることはなく、人生の中でも親子の一番の思い出となります。

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Re: No title

良い知らせを聞けて嬉しく思います。
すぐにその原因に対して結果がどうこうなるということはありませんが、長い時間で見たときに必ず良い結果を得ることができます。
仏の世界ではすでに原因と結果が同時に決まり、その光は放たれているのですが、人間界に届き結果として現れるまでには時間がありますので楽しみに待ちながらもこれからも油断せずに行きましょう。

自分自身で仏の教え(宇宙の自然法則)についてまだわからないことだらけだという方は、実はこのブログに述べられていることが、よく聞こえよく見える方なのです。

逆に宗教的知識(スピリチュアリズムも含む)を詰め込み自分は知っているという方には、すべてが覆い隠され何も聞こえず何も見えません。
このような方は「聞こえている!見えている!」と冷静さを失い腹を立てて更に暗闇に歩を進めていくことになります。

わからないには二つあり、
一つは、勉強により学べる知識、
もう一つは、魂(仏への祈りや苦難の人生から)で学ぶ叡智です。
二つのわからないを合わせて無明です。

自らを無明だと認めた方には、仏の前へと続く道が示される機会が与えられます。
このブログはその一つですが、日々差し出されるさまざまな知識(プレゼント)が善いものなのか悪いものなのかを見極める正見を磨くための知識です。

得るとは書かず、磨くと書いたのは、自分は知っていると慢心をおこさないためです。
油断する愚者は何度でも悪いプレゼントを受け取り騙されます。
騙された者はせっかく磨いてきた正見がくもり、続いていた道が覆い隠され見えなくなります。
そして間違いを教える者が現れても「聞こえている!見えている!」と腹を立ててそれに気づくことはありません。

賢者は、人間界での生活が終わるまで油断せず、まだわからないことだらけだと道理の説かれている善い知識だけに耳をかたむけ磨き続けます。

貴重なプレゼント(仏の真髄)と鍵を受け取る方はごくわずかですが、ここを訪れるすべての人がそうなってほしいと日々仏に祈っています。

今年もよろしくお願いいたします。
プロフィール

マグナムやまと

Author:マグナムやまと
危険な宗教団体廃絶
無明から光明への道標

以下、向上心のある方向け

このブログはスピリチュアリスト、または特定の宗教団体に導くものではありません。

ネット上に氾濫する宗教・スピリチュアリズム・心の探求などの誤った情報を正していくことが目的である。

心と体の関係を正しく理解することで次第に悪因を作ることを止め、生老病死を恐れず、精神的豊かさを手に入れることを目指す。

精神的豊かさは、魂の成長を意味する。
魂の成長は、死後の世界を決める。
地上生活は原因、死後の世界は結果である。
善因を作るのも、悪因を作るのも己である。

神々も含め、誰であろうと原因結果の法則から絶対に逃れることは出来ない。

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