スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

信仰心が無い=悪?

要約:仏の教えの開示レベルを絞るのは愚者がいるため。
神仏の見える方法

前回のブログを改めて要約すると、「神仏を信じないことが日本人特有の価値観を失わせている。」と言うことになる。

1.多くの方は神仏が、目に見えないから信じない。
これから見える方法を教えるが心の準備は出来ているだろうか?
心の準備とは、話を素直に受け入れる用意と言うことだが、大多数の方は教えた途端に「何だそんな事か」と落胆する様子が目に浮かぶ。
残りの少数の方は、教えで満たされる事はないが、次の教えに期待して素直に受け入れる。
又、その少数の中には深読みし、もっと先に思いを巡らせ新しい発見に感謝する。
その又、極少数は、すでに本当に伝えたい事を全て知っているため教える必要が無い。

大多数の方は、方法を教えなければ分からない人ばかりである。それなのに知った途端、己の中で勝手に解釈し理解した気になる。
慢心を起こす人間には、教えたくないので今すぐこのブログから退場して頂きたい。(・ω・`)

それは叶わないか...

もしここで神仏の見える方法を語らなかったら、理解できるのは極少数だと言うことを念頭に置き話を進めて行く。
 
それでは改めて神仏を見る方法だが、経典を読むことである。

どうでしたか?
慢心を起こす人間はどうぞ退場を。(・ω・`)

経典とは何?
どんな内容?
我々は、何のために生まれてきたの?
死んだらどうなるの?
地獄はあるの?
結局何すればいい?

慢心を起こす人間は、人の話を聞かず己の浅薄な知識を優先する。正しい道に辿り着く機会は非常にまれで、迷いから抜けられず奈落の底に落ちる典型的な愚者と言える。このような愚者が、テレビ、本、掲示板等で賢(さか)しげに知識を披露している。
真偽を見誤らぬよう心がけることをお勧めする。

経典とは釈迦の尊い教えを記録したものだが釈迦は悟りを得た仏である。全てを見通す仏が我々に教えを残したのだから読まないのは勿体無いと思いませんか?
 
どうして人の価値観劣化や資質が低下するのか?そして地震や突発的な自然災害や戦争が起きることに繋がるのか?
(答えは経典に説かれているが割愛)

それでは、自然災害や戦争の無い平穏・幸福な世の中にするにはどうしたら良い?
(同じく割愛)

上文で語ったことは、今の世の中についてだが、仏の教えはここだけに終わらず、死後についても説いている。悟りの根幹だが、仏となるための教えである。

なぜ仏になる必要があるのか?
(同じく割愛)

仏に成る方法は? 
(これは経典を全て読んでも見つけることは難しい。古文の知識に長けている、読解力がある、IQが高いなどの能力には関係なく、素直に耳を傾けるごくわずかな人だけが知ることができる。宗教学者、知識人が的外れな発言や本を出し、仏教を利用した新興宗教が人々を惑わせ混乱させていることが全てを物語っている。)
 
今回割愛するのは、多くの方が聴く準備が出来ていない事と、得た知識を悪用する愚者がいるため書けないのだ。愚者は得た知識を打ち消す誤った情報を溢れさせ周りを混乱させる。

なぜそのような事をするのかというと正しい道を見つけられないようにするためであり、愚者は己が迷いから抜けられないこと(自業自得)に憎悪の念を起こし、仏の教えを素直に受け入れようとする人々に嫉妬し邪魔をするのだ。
要するに、「一緒に地獄に落ちましょう」ということである。
聞く耳、見る目が清浄になれば、社会生活・ネット等で愚者を見分けることは可能だが、ブログの特性上、開示レベルを絞る必要がある。出し惜しむつもりは無いが、小出しになるのには理由があることをご了承願いたい。
 
2.経典は、悪くない
新興宗教には、多くの宗派や会派があり、誤った宗教や情報の氾濫が、正しい道を探求しようとする人々を惑わせ意欲を失わせてしまうでしょう。しかし探求をやめたら、人として生まれてきた根本的な理由を知る機会を失い後悔することは間違いない。

仏教を人が権力を握るための手段や私利私欲を貪るために利用したり、霊言、霊能者等の妄言により、仏の教えを歪め貶めるような行為は絶対に許される事ではない。

「仏の教えは、人々を苦しみから救う尊くありがたい智慧(法則)であり、それを悪用する新興宗教が悪いのであるから、当然区別しなければならない。」

以上が理解できれば、経典(神仏)を忌み嫌うのは筋違いであり、大変な悪い原因を自ら積むことを知らなければならない。それが経典の内容を知らず大変な事だと知らないとしてもだ。

3.経典について
現在の仏教は堕落し廃れた為、宗教学者やブログ・掲示板等で原始・初期仏教に戻ろうとする風潮がある。そのため、パーリ語で書かれた原始仏典が釈迦の言葉を忠実に残し、それが真実であると考えているようだ。また、そもそも釈迦が直接残した経典はないのだから、釈迦滅後に書かれた原始仏典自体が釈迦思想を正確に記録していないのではと疑う人間までいるようだが、氾濫した誤った情報を正すため記載する。

仏教が堕落、廃れた原因は、釈迦在世から遠く隔たり、説いた教えの効力が次第に失われ利益(りやく)が無くなったためである。それは、釈迦の教えを幾ら修行しても悟る者がいないことを意味する。もう少し詳細を申し上げると、この世での苦悩から逃れる方法が無く、死後は仏に成れないため流転する。

仏教が堕落、廃れた原因が分かったので、原始・初期仏教に戻る必要も無ければ、いまさら原始仏典を読んでも無意味なことは言うまでもないが、原始仏典自体を疑う者もいるので念のため補足する。 

まず原始仏典云々より重要なのは、釈迦から側近の弟子達に全ての教えが相伝されいることを知らなければならない。仏滅後の修行は、仏の教えを護持し、説き広めることであるから、第二祖摩訶迦葉(まかかしょう)、第三祖阿難(あなん)、第四祖商那和修(しょうなわしゅ)等と相伝され伝えられていく。
釈迦は、入滅の姿を見せたが、実際は滅してはおらず、さまざまな神通力により人々の目には見えないように、この世でずっと仏の教えを説き続けていることを知れば、時代やその場所の環境、人々の性質(魂の成長)に合わせ必要な教えが説かれるのは当然のことである。
これを信じられず疑うのであれば、一生、苦悩から抜けられず迷い続け流転するしか道はない。

釈迦は、東の島国で歩みを止めたのであるから、現代に必要な教えは日本で説かれており、朝鮮、支那、インドへ向かって説き広げるのなら分かるが、わざわざインド(原始・初期仏教)に戻るのは愚の骨頂。
何より、インド、支那、朝鮮の環境や事象を見れば一目瞭然である。

 ▽続き→

スポンサーサイト

テーマ : 心と幸せ
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

非公開コメント

こめんとありがとうございます

昨日は、ブログにコメントありがとうございます

大津市のイジメは悲しいですね

なつきのクラスは、いじめはないので良かったです

なつきには、まだ分からないニュースも書いているので、お母さんにいろいろ聞いてみようと思います

Re: こめんとありがとうございます

訪問していただき、嬉しいです。

イジメがないことはとても良いことです。
友達を大切にしてくださいね。

ネット上には、さまざまな情報があふれているので、お母さんのアドバイスを受けながらネットの世界を探検しましょう。

また、ブログに遊びに行きます。
プロフィール

マグナムやまと

Author:マグナムやまと
危険な宗教団体廃絶
無明から光明への道標

以下、向上心のある方向け

このブログはスピリチュアリスト、または特定の宗教団体に導くものではありません。

ネット上に氾濫する宗教・スピリチュアリズム・心の探求などの誤った情報を正していくことが目的である。

心と体の関係を正しく理解することで次第に悪因を作ることを止め、生老病死を恐れず、精神的豊かさを手に入れることを目指す。

精神的豊かさは、魂の成長を意味する。
魂の成長は、死後の世界を決める。
地上生活は原因、死後の世界は結果である。
善因を作るのも、悪因を作るのも己である。

神々も含め、誰であろうと原因結果の法則から絶対に逃れることは出来ない。

カレンダー(月別)
02 ≪│2017/03│≫ 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
リンク
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。